閑話 月の女
風が髪を撫ぜる。
"月のない夜に、決まって女は出た。
闇夜にぽっかりと浮かぶ白い肌と色素の薄い髪、美しい貌。
それは空から月が抜け出したかのような錯覚を見る者に与える。
女には、花のような愛らしさと氷のような冷たさが同居しつつ、殺しの時の一切の躊躇の無さと無邪気さは人形遊びをする少女のようだった。
殺す間際の女の目を見ると、それはひどく濁った色をしている。その時ばかりは月のような無垢で清廉なものとかけ離れていて、嗚呼、この女はこちら側なのだと実感する。
月の光に透けるような、美しい女だった。"
「死人に口は無いよ」
「嗚呼…それでも、私に君の事を書かせてくれ。君を見た者は皆死ぬ。君の手によって殺される。誰も君を死ぬ間際にしか見ることが出来ないなんて、」
「…うるさい」
風変わりな標的だった。目の前に自らの死が迫っているというのに、口を動かし、ペンを離さなかった。
最後に首に羽根ペンを突き刺して殺されるなんて思わなかっただろう。否、一見これは自分で首に突き刺したようにしか見えない。此奴は死してなお風変わりだったと語り継がれるだろう。
椿は男の書いていた紙を引っ掴むと、ビリビリと破り、部屋の暖炉に焼べた。これで目撃者は居ない。
私の箱庭で生きている人間はもう誰もいなくなった。