いつも一足遅い
地下牢から出てビル内の思い当たるところを探しても芥川の姿は無かった。逃げられたか、と椿が樋口に芥川の所在を聞くと、人虎を捕らえる任務に出掛けたと云う。
(…鏡花が行方不明なのに)
それも芥川の不手際でそうなったと云っとも過言ではないと椿は思っていた。仲間に爆弾くっつけて行方不明にさせた上その後の捜査も無し。椿にとっては有り得ない所業だ。補佐であるはずの樋口を置いていっているのもいただけない…仕返しの仕返しというよりかは仕置きの方が必要な気がしてきた。
椿はくるりと方向転換すると、うろうろとしていた歩みを一点に向けた。向かうはエレベーター、そして最上階の首領執務室だ。
「ふむ…泉君を捜しに行きたい、と。アテはあるのかね?」
「無い」
ぺろっと即答する椿に鴎外は苦笑いした。エリスは先程まで読んでいた児童書をほっぽり出して今は椿のスカートの裾をぐいぐい引っ張っている。
「そんなのほっといて、私と遊んで椿!」
「…ごめんエリス。鏡花のこと、ほっとけない」
「むー!」
頬を膨らませるエリスに目線を合わせるようにしゃがむ。
また今度遊びに来るし買い物にも付き合うよ、と云えば風船のようだった頬はすぐさまにっこりと弧を描いた。確りと小指を絡ませて約束まで取り付ける。最後に「絶対よ!」と云うと、エリスは元いた椅子へ戻り、ご機嫌に読書を再開した。
それを見計らって鴎外の方へと向き直ると椿は怪訝な顔をした。…こちらも何だか先程より笑みが深い。
「椿ちゃんが一緒だとエリスちゃん、いつもよりドレスを着てくれるのだよねえ」
もう買い物のことを考えていた。
「却説、アテは無いがどう捜す?」
「箱庭を使う」
「ん…嗚呼、成程それがあったか。…然しひとつ聞きたいのだけれど」
「? 何か」
「何故、そこまでして君が泉君を捜すのかね?彼女は芥川君の麾下だろう……友達だから、かい?」
「……友達?」
キョトンとする椿に、鴎外も釣られてキョトりとした。ポートマフィアエントランスで仲睦まじく過ごしていたという2人の様子を聞いてそう云い宛たのだが。
「あれ、違うかい?」と云う鴎外の言葉に、椿は暫く考え込む。
鏡花は、仲間で、ポートマフィアにとっては味方だ。
然し友達とは、何方にあたるのだろう。少なくとも友達が敵ではないことはわかる。
「…鏡花は仲間。守らなくちゃいけない」
「そうだね、仲間は大切にしなくちゃ」
「だから捜索の許可を」
「…君が行く必要は無いのだよ。泉君のことは芥川君の人虎捕縛作戦の内だ」
鏡花は人虎を誘き寄せるための餌か。
「彼女の体には発信器が付けられている。君の箱庭を使うまでもなく、芥川君は既に彼女を見つけているよ」
「…なら、龍之介と連絡取って迎えに行く」
踵を返し首領執務室を出ようとする椿の背中に、鴎外の緊張を孕む静止の声が掛かった。把手に触れるか触れないかの所で手を止める。鴎外はそのまま椿の背中に云った。
「椿ちゃん____必ず、帰ってくるんだよ」
ハッとして振り返った。
鴎外は変わらず執務机に頬杖をついて微笑んでいる。椿はコクリと頷き、執務室から飛び出した。
▽
アジトを出る前、流石に徒歩は辛いと考えていた矢先に樋口と鉢合わせした。
芥川と鏡花の許へ行くと伝えれば二つ返事でお供をゲットし、現在椿は樋口の運転する車の助っ席で芥川に連絡を取っている。
彼は今船の上だと云う。鏡花の所在を聞けば、彼女もそこにいるらしい。…人虎も捕縛したと。
「補佐の樋口置いてってなければ100点満点だったのに」
「………煩い」
その言葉を最後に、ブツッという音と共に通信が切られた。…仕置き決定。
隣で様子を聞いていた樋口の顔が若干青い。芥川が心配なのだろうか。
兎も角、芥川の云う通り港へ行くよう樋口に指示すれば、キッと目を見張って威勢のいい返事が返ってきた。
着いた港の海の上には、密輸船が一隻浮かんでいた。
「彼処に先輩が…」
「…樋口、港に停船しているマフィアの小型船持ってきて。場所は…」
「ええっ?!先輩は取引後戻ってくる筈です、態々近づいて迎えになど」
「臭い」
潮風に混じった僅かな火薬の臭いを椿は嗅ぎつけていた。
意識を集中させ、箱庭の範囲を船まで広げ確認すると、武器庫の爆薬に不審な細工が施されている。爆破する積りか。
「そんな、先輩…!」
「行って樋口」
小型船の止まっている場所を伝えると樋口は一目散に走っていった。
小型船は保険だ。芥川が若しも爆発に巻き込まれたら、数も多く規則性も無さそうなあれらでは無事では済まない…天魔纏鎧があったとしてもだ。それにご丁寧な事に、脱出艇までの道を尽く塞いだ爆薬の置き方までしている。
幸い爆発が届かないほど密輸船と地上は離れているが、2人が海に飛び込むなり脱出した後の事も考えて矢張り小型船が必要である。
「っおい!!」
「…うや?」
船を見ていると聞き慣れない怒号が飛んできた。振り返り見ると、意志の強そうな目を尖らせてずんずんと此方に近付いてくる男。
何処かで見たことがある、と椿は思った。
「そんなところで何をしている!」
男は港の石畳ギリギリに立っていた椿の腕を引っ掴み、海から距離を取らせた。…樋口が来た時に飛び乗れるように準備していたのだが。
余計な事を、と椿は男をじとりと見る。そして思い出した。この男は探偵社ではないか。
パシリと腕を払い距離を取る。然し何を勘違いしたか、男__国木田独歩は、椿が避難すると思ったらしく幾らか眉間を緩めた。
「白昼堂々何をしている!!全く…市警には別件で連絡しているが、自殺未遂としてお前も保護を受けた方がいいな」
一般市民だと思われているらしい。しかも身投げだと思われたらしい。
「違う。身投げじゃない」と云うと「では趣味だとでも云うのか?其方の方が悪質だぞ」と神妙な顔をされた。自殺が趣味の人間なんているわけが、……少なくとも1人はいたが、そう多い筈がない。兎に角自殺ではないと否定するも未だに怪しそうな顔をされた。何故だ。
…それにしても市警に連絡がされているのであれば、2人の回収は迅速に行わなければならないな、と椿が考えた直後、船から大きな爆発が起きた。
国木田が再び眉間に皺を戻す。
「っくそ、無事でいろよ小僧……お前も何をボサっとしている?!早く逃げろ、あの爆発が見えないのか」
「……平気。ここまで届いてないし」
「阿呆!船自体の燃料に火がついたらあれより酷い爆発が起こる!!」
「……」
矢張り人虎を助けに来たということか。ここで始末しておくべきだろうか?と考えあぐねているうちにも国木田は椿に背を向けて走り去っていく。
確りと「船から離れて市警を待て。必ずだぞ!」と一言云い残して。
(…まぁ、今度でいいか)
今は芥川と鏡花が優先だ。そこに港の石畳下から、エンジン音と水の跳ねる音が近付いてくる。
「椿さん!」
「ナイス樋口」
絶妙なタイミングだ。トッと石畳を蹴って小型船に飛び移る。
密輸船からは予想通り不規則に爆発が起こり、黒い煙を上げていた。そこに近付く一隻の小型船…自分達ではない。先程の国木田だろうと椿は察する。樋口もそれに気付いたのか驚きの声を上げた。
「なっ探偵社?!もう嗅ぎ付けられたか…ッ」
「…樋口、密輸船が沈むまで待機して」
「?! 何故です?!!それでは先輩が」
「近付いている時に船の爆発に巻き込まれたら、此方も迎えに来た意味が無くなる」
探偵社の国木田と鉢合わせするのが面倒だという事もあるが、あのでかいのが爆発したら自分たちが乗っている船も吹き飛ばされておジャンだ。言外に椿が云えば樋口は「然し、」と拳を握る。
まあ樋口のしたい通り、密輸船に近付いて芥川と鏡花と人虎を回収し、取引の場所に向かってもいい。箱庭で様子を見ても、未だ燃料に火は迫っていない。これだと沈む方が先だろう。
然し甲板で芥川は、何者かと戦闘を行っていた。その何者かの疾い攻撃に芥川の空間断裂が追いついていない。疾すぎて判別は怪しいが、あれが恐らく人虎だろう。…捕縛したのではなかったのか?
「…大方、いつもの単独行動のツケか」
油断した芥川の顔面に、虎の拳が叩き込まれた。