始動

夜空に満月の浮かぶ今日。
4台の装甲車が月島川を囲うように停車する。封鎖された道路には多くの警察官がその時を今か今かと待ち構えていた。
この多くの警察官をまとめ上げ、今回の作戦の指揮を取るのは捜査2課の中森警部だ。彼はインカムを使い各警察官に指示を出す。彼らが今回狙うのは平成のルパンと呼ばれる怪盗キッドだ。
中森はフフフと笑みを浮かべながら机の上に置かれた作戦図を見る。

「奴がどこから飛び出そうが4台のジェット気流が月島川まで吹き飛ばす!!そして最後は金魚すくいよろしく、すくい上げる!!」

勝は見えたといわんばかりに高らかに作戦を話す中森のいる場所からそう離れていないところ…立ち入り禁止のテープから最も近いところに一人男がいた。男は作戦を聞くとニヤリと笑みを浮かべ、自身の耳についている超小型インカムに手を当てる。

「…以上が今回の作戦の様です」
『OK、なら私は予定通り屋形船の方に…おじさま待ってますよ』
『天野チャンサンキューな、三雲頼んだぜ〜』

最後に男の声が聞こえてからインカムは切れる。
それを確認して男…天野は屋上にふちをかけ、手に宝石を持ったキッドを見る。そうすれば辺りは一斉にキッドファンが騒ぎ出す。その騒ぎに乗じて天野は「ごめんな中森警部」と言ってその姿を隠す。

丁度その時中森の作戦開始!!との大きな声が聞こえる。
その指示により4台の装甲車の天井が開き、巨大なタービンが現れ、凄まじい音と共に回転し、強風が吹き荒れる。
キッドはその風に煽られ、回転しながら月島川まで吹き飛ばされる。
ここまでは作戦通り…中森の顔にも笑みが浮かび、彼の指示により、月島川の両岸に待機していたクレーン車が動き出す。正しく魚を捕える漁のごとく網が川から姿を現す。そのあいだにキッドは風により、網の上に落ちていくところだった。
ここまでは完璧に中森の作戦通りだった。
…そう"だった"のだ。
キッドは懐からトランプ銃…ではなく、まさかの拳銃…ワルサーp38を取り出し発砲したのだ。

本来キッドの銃はトランプ銃。銃と言ってもその中身はただのへらっべたい紙なのだ。本来ならばそれは風に煽られ、威力を失うはずだった。
だが今回キッドが使ったのはトランプ銃ではなく、鉛を弾とした銃。風の影響などあまり関係なく、その鉛の弾はクレーン車を動かしていたフロントガラスに打ち込まれる。

「キッド、拳銃を発砲っ!!拳銃を発砲!!」
「…キッドが、拳銃?」

スピーカーから聞こえてくる声に中森は唖然とした顔で月島の様子を見ていた。
すくい上げるために設置していた網を潜り抜けた屋形船にキッドは着陸しているところだった。
前半は中森の作戦通り事は進んでいたが、まさかの発砲により、中森の…否警察の作戦は失敗に終わったのだ。
それを屋形船から確認したキッドは笑みを浮かべていたが、後方から水をかき分けるような…そうまるで高速に水上をかき分ける競艇の音だ。それにつられるように後ろを振り返ればそこにはスケートボードに乗ったメガネが特徴の少年…コナンがいた。

「待て!!キッド!!」

キッドはその言葉に笑みを浮かべると操縦室に飛び込み、ハンドルのボタンを押し、屋形船を加速させる。だがコナンのスケートボードはどういう仕組みなのかスピードをさらに上げる。
その光景を遠くから双眼鏡で見ているのは天野だ。

「うぁーぉ!!あれスゲェな…ジャンニーニに言ったら作ってくれるかな?な?」
「知るか…つかなんで俺ここにいんだよ…俺警察なんだけど…」
「まぁそういうなって、お嬢の頼みだぜ?松田」

天野は楽しそうにそう言って隣にいるサングラスをかけた男を見る。
サングラスをかけた男…松田は自身の良心が痛むのを感じながら、己を連れてきた男を見る。

「ほら、あのボウズ回収すんのお前の仕事だぜ?」
「…っち、雲雀と三雲の頼みなら仕方ねぇ」
「おいおい、俺とも友達だろ?」
「ほざけ…つかこの車本当に貰っていいのかよ」
「おう、お嬢からの今回手伝ってもらうお礼と、吹っ切れた祝いだとよ」
「…まじか」

松田はそう言って己の後ろにある赤と黒の配色のホンダCR-Zを見る。
2010年にデビューしたこの車はホンダが生産、販売する唯一のスポーツカーで台数も少ないハイブリッドカーなのだ。

「ま、俺もお嬢からはフェラーリもらったからな…降谷にも近々車をプレゼントするとかなんとかぼやいてたしな…」
「…もう何も聞かねぇ…」

松田は天野のそんなぼやきに小さく返事してから、CR-Zに乗り込む。