どくみぐせ
バスはゆらゆらと揺れながら道を行く。
隣の窓際に座る彼女は、もう随分と前に夢の中にいて時たまかくんかくんと頭を揺らした。
出発時には騒がしかった後方も今は静かで、同じように夢の中なのだろう随分と落ち着いている。
「あ。なくなった」
持参したお茶がなくなり、思わず声にだして呟く。
乗り物酔いが酷いわけではないがどうにも癖なのか、水分が手元に無いだけで脳内では池や川などの水辺の心配をしてしまう。
懐かしい、実習の野営でも私はよく水分補給に回されていたせいか水には敏感に体が反応を示す。
しかし、今は外ではなく車内。
無機質な匂いばかりで真水の匂いはどうも薄い。
「これ、どうぞ」
差し出された口の開いたスポーツドリンクのペットボトルは、爽やかな笑顔の下で私に差し出されたまま制止する。
ふわりとした銀色の髪が揺れ長い睫が弧を描く。
「え、でも」
「さっき開けたばかりなので、俺が口つけたりしてるわけじゃありません。水筒空になったんですよね?」
隠れたどうぞの言葉に小さくありがとうと返してペットボトルを受け取る。
無意識に開けたペットボトルの口を舐め、甘い糖分を舌先で感じた。
ざらりと舌を口内で揺らし、毒を覚悟する故の癖はまだ治らない。
そのまま一口喉を潤す様に飲み込めば、どうやら少しばかりこみ上げてきていたらしい乗り物酔いの前兆が落ち着く。
「春本先輩って変ですよね」
通路を挟んだ向こう側から、悪意の無い呟きが笑顔と共につぶやかれる。
少しの同様を誤魔化す様に再度ペットボトルに口をつけた。
「マネージャーなのに俺たちと話したりしないし」
「…必要な事は伝えてます」
「会話ですよ。雑談とか」
こういう無駄な事。と人差し指をお互いを指し示し、にっこりと浮かべられる愛想のいい笑みは掴みづらい。
彼の性格はここ二年で理解しているつもりだが、どうにもまだ信用ならない。
ため息を吐いて顔を逸らせば、聞こえるか 聞こえぬかの微妙な声量で何かが聞こえた。
「仲良くしたいのも無駄な事ですか?」
聞こえていないフリをして目を閉じる。
暗闇から感じ取れるぐんとスピードがあがる車体に体を揺られ、通路向こうの鳳が体を座席に沈めるのがわかった。
ゆるやかなカーブを曲がり、見えてきた建物は西洋風で整った見栄えが印象的。
話によれば跡部の別荘の一つらしいが、特別なのだろう複数のきちんと整備されたテニスコートも視界に確認できた。
もうすでに数台のバスも見え、もしかしたら到着は最後だったかと主催校としての責任から不安にもなる。
ちらりと後ろを振り返れば、滝の隣に座る彼が不用心に眠っているのが確認できた。
「春本先輩は、鉢屋先輩が好きなんですか?」
「…いいえ」
私の視線に気付いた鳳が、口をひらく。
否定を返すも、納得はしていないのだろうどこか睨むような視線が突き刺さってきた。
バスは、ゆっくりと車体を駐車場の枠線の中へとバックで器用に進む。榊先生の声でざわつきを取り戻す車内で、私はポンポンと隣で意識をぼんやりとさせたままの彼女の肩を叩いた。
「ただ、昔の知り合いに似てるから気になるだけですよ」
濁すように呟いたそれは、鳳への繋ぎの言葉であり自分への言い訳でもある。
誰かに気付かれてしまう程に彼を見ていたという無自覚さを知りつつ、手に持ったペットボトルを握り締めて席を立てば外の人ごみの中にひょこひょこと揺れる茶色い髪が見えた。
跡部と樺地がバスを降り、ついて私が地面に足をつければ駆け寄ってくる可愛い後輩の姿。
後ろで談笑する声など遮断してしまおうではないか。
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20120710
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