一歩手前。


1日目のメニューは、場に慣れる意味合いを含むせいか三校共に基礎練習と軽いラリーで終える。
ラリーの音は嫌いではないし、立海のプレイは見栄えもするものが多く時たま視界に入れるだけで賑やかさがみえた。
終了という幸村くんの声に余力を残した手がばらばらと動作を止めていく。
つかれたーという声が聞こえるものの、その顔にはまだ足りないという欲も見えた。
少し、自分も体を動かしたいという気持ちが湧き上がる。

「先輩、お疲れ様です」

「お疲れ様作兵衛、1日目はどう?」

隣のコートからひょっこりと顔を出した作兵衛は、手にボール籠を抱えたまま笑みを浮かべる。
どうやら青学は先に建物内に入って休みだしているらしく、最後の片付けを作兵衛も終えたところのようだ。

「まだまだ。ちょっと動きたりねえぐらいです」

「そう、流石ね」

「夜に走ろうかなって思ってんですけど、先輩どうですか?」

一緒にという作兵衛の誘いはありがたいが疲労のたまりやすく鍛錬もしていない体ではつらいと返して、またの機会にと手を振り去る作兵衛を見送った。
続いて私を追い越して中に入っていく立海の面々を目で追い、かかとをその流れとは逆に返す。
ネットは既に誰かの手で緩んでおり、あとは隅に置かれた籠を運ぶのみ。抱えられる程度の量であるが、ずしりと腕にかかる重みを感じつつ歩みだした。

「…?」

「…!…っ」

不意に、無意識に
耳が彼の声を聞き取り彼女との会話を傍受する。
仲睦まじいその軽やかな会話と笑い声は、反応するなと戒める自らの体をカチリと凍らせてしまう。

「あ、春本さんっ」

スニーカーの音と共に池内さんが駆け寄ってきて、手伝おうか?と声をかけた。
優しい声色の向こうから、彼がゆっくりと近づく足音に肩が跳ねる。

「私が持とう。どうせ中に運ぶだけだろう?」

更に降りかかる優しくかけられた声に、思わず涙が滲むような熱の感覚が目印に浮かんだ。
あ、泣く。涙がこぼれてしまう。
そう、辱めの気持ちを覚悟した時ふと彼と私の間に何かの影が入り込み私の持っていた籠を軽々と奪い取った。

「俺がやりますんで、先輩方はどうぞ先に中へ」

笑顔と赤毛。
先ほど、中に入ったばかりなのにというのは愚問だろう。

「さく…」

「彩先輩遅いですよ。ご飯食いっぱぐれても知りませんよ?」

にこにこと笑顔のまま、私のへしゃげた顔を二人に見せまいとする作兵衛に感謝して目元を指でこする。
ギリギリ保てたようで、涙は出ていない。

「ごめんなさい。一応最後まで確認したくて…お二人も、お気遣いありがとうございます」

「い、いいよ、気にしないで!じゃあ富松くんに春本さんの事はお任せするね。行こっか、鉢屋くん」

「…ああ、じゃあお先に」

二人が並んでこの場を立ち去るまで、作兵衛は体を盾にする様にしたまま目だけで二人を追いかけているようだ。
はあ、というため息が聞こえたかと思えば、こちらに向き直った作兵衛からおもむろにぐしゃぐしゃと頭を撫でつけられる。
何も言わずにとられたその行動に、年上の威厳も無いなと目を細め苦笑いが浮かんだ。

「笑ってないで!本当に食いっぱぐれますよ先輩!」

「ごめんなさい」

籠を持ったまま合宿所に入っていく作兵衛を追いかけ、賑やかに騒ぐ空間へと足を踏み込んだ。


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20120731

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