気持ちの歪


目を閉じれば、自分が向けた銃口が火を噴く瞬間が再生された。
崩れ落ちるその体は、煙の様にふわりと空に上り見えなくなる。
また今日も一時間も眠れていない。
マンションの窓から飛び出して、少し雨でぬかるんだ屋根を裸足で蹴っていればポツリポツリと雨粒がまた降りかかる。
焼ける様に熱かった右手が落ち着くのがわかり、無意識に来ていた町外れの花屋の屋根に座り込んだ。
彼女は今この家の一人娘。
家の都合で転校して彼女を見つけたのは本当に偶然だった。
真っ先に駆け寄って抱き締めて、名前を呼んで、もう離さないと声を張り上げてやりたい。
しかし過去の記憶がそれを遮る。

「…」

「鉢屋くん?」

転校した先でテニス部に入部したのは、出来る限り彼女のそばに居たいという私の我が儘だった。
部長の跡部に誘われなかろうと、テニス部には入部する気でいたし勧誘の言葉は大変に都合がいい。
彼女が自分と関わらないようにしているのもわかっていたし、それはきっと過去の伊賀崎が覚えていないという事実から過剰に期待しないようにしているのも理解できた。
だからこそ、ゆっくりとでも彼女と友好的な関係を築ければいいと思っていた。
そうしていく中で、彼女への懺悔が出来ればと思っていた。
そう、今まさに合宿所で彼女と見覚えのある後輩の姿を見るまでは

「あ、すまない。建物がすごくて」

「景吾のとこの敷地だもんね。じろー、置いてくよー」

にこやかに笑う池内さんは、荷物を両手に持って後ろをのろのろと歩く芥川に声をかけた。
待って。という言葉を耳に入れながら、目の前で記憶の片隅にあった桃色と若葉色が戯れる姿と重なる。
近くにそれを眺める様な萌葱色と自らもとねだる天色。
振り返って、ああまってたよさぶろう。と呼ぶのが日常だったあの頃。
彼女は一度もこちらを振り向く事は無く、敷地内へと歩みを進めた。

一瞬だけ私と目があった富松は、何を思っただろう。
彼はきっと過去を覚えていて、いつかわからないが再会を果たしていた。

1日目のメニューが体が軽くほぐれた程度で終わってしまい、少し物足りないと感じつつ片付けをしていた池内さんと共に合宿所としてあてがわれた派手な建物へと足を進める。
視界に入る籠を抱きかかえて歩く彼女を見つけ、思わず会話が途切れてしまえば池内さんが先に彼女に向かって駆け出した。
顔が真っ青になり動きが固くなる彼女を見て、無意識に唇をギリリと噛む。
手伝おうとする池内さんについで、自然にと彼女に手を差し伸べた。

「私が持とう。どうせ中に運ぶだけだろう?」

差し出した手を払いのけられる前に、ひゅっと耳に何かが入り込む。
目を凝らせば、彼女を遮るように富松がこちらに背を向けて立っていた。
富松の言葉とは、逆に耳には違う音が響き目を見開く。

『触らないでください』

懐かしい感覚、池内さんも彩も気付かない音に矢羽音であるとわかるまでそう時間はかからず反応してしまった事で後悔するが既に遅い。

『貴方に記憶が残ってる事なんて見ていたらわかるんです。嘗めないでください。鉢屋先輩』

嗚呼そういえばこいつはあの迷子二人を部下にして、城付きの忍軍を背負うようになった秀才であった。
一度仕える城同士がかち合い戦になった時は戦略が見えず堪えたのも微かに記憶に残っている。
この矢羽音も、しんべヱがもう彩のような犠牲を出したくないと懇願し、学園全体の共通矢羽音として決められたらもの。
彩が知るわけもない。
呆けている間に、富松からの牽制は続き彩が目を拭うような仕草をしたのが僅かに見て取れる。
泣かせたか、と気が無意識に落ちた。
会話もままならないまま池内さんに手を引かれて建物の中へと足を進めれば、遅かったなという跡部に嫌みな笑顔を向けられる。
過去のお前の策略にまんまとかかった自分が今はひどく憎くてたまらない。
貼り付けた笑顔少しいびつに崩れた気がした。


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20120808

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