補給せよ、
早朝に行うランニングは、じわじわと熱を上げる気温のおかげで宿舎に戻る頃には着ていたTシャツが絞れるほどにまで汗を含む。
出て行く時には見かけなかったタオルとペットボトルのスポーツドリンクが、他の朝自主練習を行う奴の分もまとめてエントランスホールのテーブルに並んでいた。
一日目には無かったが、二日目にはきちりと準備されているようになり本日で合宿も四日目。
「おはようございます。」
昨日、準備する彼女を見かけたのは跡部からもらった周辺のランニングコースの中から一番短い距離を選んだせいもあるだろう。
作業用ジャージを着込み、しゃんと伸びた背筋で頭を下げる彼女に関するデータは埋まっているようで埋まっていない。
もう、初対面から二年と少しが経過しているのにも関わらずだ。
「大阪に知人がいるみたいだな」
「…ええ、何人か」
「そう邪険にしなくてもいいだろう。ただの興味なんだがね」
「今、柳さんと同じ事をおっしゃいました」
「幼なじみだ」
少し目を丸くした後で小さくため息を吐く彼女からは、納得が読み取れ両手に抱えられた追加のタオルとドリンクを再度並べはじめる。
どうやら、他人からとやかく調べられる事が顔に出てしまう程嫌いらしい。
ジャージのポケットに忍ばせていたノートを取り出しまとめて書き記す。
ペンを止めて顔を上げればまた彼女の背が視界に入り、それはどこか先ほど名前の出た幼なじみを思わせる。
しかしながら、彼女はごく普通の一般家庭であり作法にまつわる習い事をしていたなどというデータはない。
「私の勝ちだぞ金太郎!」
「もう一回!次はワイが勝つー!」
どたどたと砂埃を巻き上げて近付いてきた大小の影は、まるでゴールイコール彼女であるかのようにまっすぐこちらに向かってくる。
キキッとブレーキ音が聞こえてきそうな急停止は彼女のぎりぎり手前で行われ、凡人であれば尻すぼみしてしまいかねない。
しかしながら、彼女はぴたりとも少しも淀む事なく当たり前のように二人にタオルを差し出すのだ。
「彩!私の方が早かっただろう!」
「コンマ数秒差ですが確かに。しかし遠山くんもお早いですね、先輩に追いついていけるなんて」
「将来有望だ!」
満面の笑みを浮かべる四天宝寺OBは、満足げに遠山の頭を手のひらでぐしゃぐしゃと撫でる。
傍ら、ランニングや自主トレを終えた者が戻ってきてみれば雑談を始めるあたり朝から動けなくなるほどのむちゃくちゃな事をしている輩はいないようだ。
「こへ先輩と家近所やから毎朝学校まで競争してんねん!」
「毎朝ですか?」
「なあ。ねーちゃんは、いつかワイがこへ先輩に勝てると思う?」
聞き耳をたてる己は、何を期待してか小さく息を飲み込んだ。
「ええ、あなたが諦めなければきっと」
言葉とは反対になにかを諦めたような悲しげな表情でそうつぶやく彼女は、すぐに宿舎から聞こえてきたもう一人のマネージメント要員である池内の声に駆け出す。
大きく手を振り彼女を見送る遠山やまだ雑談を続ける数人の中、自分と同じように目線だけで彼女を追いかけた誰かが呟いた。
「すまない」
やはり、まだ彼女のデータは埋まらない。
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20121023
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