少年より男
ぽこん。どこか無造作にほっぽらかしにされた気分だ。
また、彼の、彼らの、知らない部分が露呈して私を置いてけぼりにしていく。
それも最近までまったく記憶のある者との接触がなかった所からの続く対面で、自分自身がその気持ちと現状についていけていないのだろう。
「先輩、しわ」
三之助が、指先をぐりぐりと私の眉間におしつける。
何組かの試合を見ていて、やはり過去の繋がりを思い返すが、反面どうしようもない時間の流れを感じてしまう。
それがつらいなど、前世と比べてみれば実に贅沢であるのだろうに。
先程まで隣に座っていた遠山は、七松先輩の試合が気になったのかあっという間に駆け出してしまってもういない。
小さい七松先輩のようだと思いつつ、その懐かしさを意識的に眉間の皺と共に緩めようと自らの手の腹で広範囲を押し、ぎゅっと一度だけ目を閉じた。
「…決まったみたいっすよ、あっちのコート」
「そう、ね」
少し離れたところから聞こえてくる興奮の声と重なるようにふう、と隣から息が漏れる。
眉間から手を離して視線を下してみれば、膝上に乗せたままのスコアボードには何を書いているのかよくわからないぐりぐりと塗りつぶされた黒い丸がいくつか並び、時たま思い出したかのように名前の下にスコアを書き込んだ形跡が残っていた。
心ここに在らず。そう物語るペラペラのこれを提出などできるわけもなく、ボードから外して片手でくしゃりと握り込む。
隣で四天宝寺の情報集めに使うのだろう三之助のスコア表は、綺麗に書かれているのだから少しぐらい甘えてもいいだろう。
不意に次は、と気づかせるように大きなため息が吐き出された。
「がっかり、してますよ俺」
そう言いながら頭をかきむしる様にぐしゃぐしゃにする三之助は、さっきから私と目をあわせようとはしない。
ちらりとこちらを見たのであろう視線ですらかち合わず、再度地面へと向けられたその表情はわからない。
「それは、私に…よね」
「なんつーか、尊敬してましたよ。七松先輩も滝夜叉丸も他の先輩方ももちろん二人も、くのたまと忍たまってかみ合わないって聞くのに仲いいし。将来的には先輩みたいな嫁がいいなーなんて思って」
卒業して、と続く言葉に肩が跳ね上がる。
ああ、きちんと卒業できたのだなという安堵と共に、これから続けられる言葉は自分が一切関与も記憶もない過去なのである。
少し聞きたくなくて顔を伏せ、コート上でパコンと高い音ではじけるボールの音に耳を向けた。
「俺、先輩によく似た人と結婚しました。子供は、できなかったけど、幸せでした。先輩もあの世で幸せになってたらいいとか夢みてたもんで」
続く三之助の言葉に抑揚はない。
ただ誰かに聞かせるためではなく、独り言のようにつらつらと言葉は紡がれていく。
「戦で結構あっけなく死んで、生まれ変わって再会してみたら、なんて顔してんすか。まじで」
存外、期待はずれだとばかりに少し声が荒くなった三之助は、私の顔を覗き込み目にかかる前髪を片手でぐいと持ち上げる。
はっきりと合う視線は、いつもののらりくらりとした三之助の視線にあらず。
どこか悲しげで切実さを含んでいた。
「次は本当に先輩を嫁にもらう気なんで、俺、先輩のそんな顔見んの嫌なんで」
覚悟など、どうやってするものなのだろう。
ふわりと額に伝わる感触を感じて瞬きによって瞳をはっきりと潤す。
もう、背中を向けて歩き去るその姿を目前に動けないまま今何がおこったのかと額に手のひらをかぶせる。
わずかに自分から発する熱がそこに溜まっているように感じ、今のはいったいどういう意味なのかなど考えるまでもない。
恋情で見られていたことなど知らず、ただの後輩と思っていた者からの宣言は実に甘美に聞こえた。
甘美に、甘えてもいいという誘惑に聞こえた。
もう何もかも忘れて甘えてしまえばいいという囁きに似たそれ。
自分の受け持つコートの次の試合。
何故かわざわざ私の前まで来た鳳の目が、その甘美で誘惑的なものに似ていたなんて、私は何かに毒されはじめているのかもしれない。
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20130404
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