今生から夏
少しばかり凝り固まった体をぐいっと伸ばし、参考書を片手に頬杖をつつきなおした。
目前に控える考査までの準備期間の為一週間部活はなく期間中はこうして図書室に入り浸る。
合宿後からにぎやかになった私の携帯電話の中では、七松先輩と三之助からの夏休みにこちらに遊びこい!というお誘いで溢れていた。
願ってもないが、最後の夏。
大会が終わってからならばと返せば、ならばまず全国でと返答が即座に受信される。
全国か、と日に焼けた肌を見下ろしながら小さく目を細めた。
「此処、いい?」
私の返事など聞く暇もなく、目の前の椅子に座る彼は綺麗に笑みを向ける。
手には数冊の参考書と教科書とノート。
私と同じように自習の為に図書室まで来たのだろう。
何人か他にもそういった人は居たが、テーブルにはまだまだ空きは見える。
わざわざ同じテーブルに何用かと思いつつ、一応曲がりなりにも顔見知った仲である彼を無碍に扱うなど私にはできない。
弧を描いた瞳がこちらから見えれば、彼の手はまっすぐに私の手元を指さした。
「消しゴムなくしちゃって、貸してくれない?」
「ああ、どうぞ」
「ありがとう」
少し使い込んで丸く小さくなった消しゴムを相手の手のひらに乗せてやって無意識にその先を追いかける。
消されていく文字は、滝 萩之介。彼の名前だった。
どうして消しているのか、と気にはなったが問いかける気もなくそんな親しい間柄とはいえない為そのまま消えていく文字を目で追った。
「岳人に借りてコピーしたんだ。名前、間違って返す方にも書いちゃって」
私の視線を感じ取ったのだろう滝は、相も変わらず綺麗に笑みを浮かべて私の疑問をさっさと解消してみせた。
なるほど納得してみればその用紙は進路についての回答用紙だったらしく、まだ空欄のそれを見て自分のところはまだプリントすら配られていないなと思う。
おそらくは、最終日のHRぐらいで渡されるのだろう。
「春本さんは進路決めた?」
「え?」
「進路、進学?」
真新しいとまではいかないが綺麗に何も記入されていないな進路調査表をぺらりとこちらに掲げながら、滝は女性の様に首をかしげて見せた。
彼とこうやって言葉を交わす機会はなかなか無かったが、物腰柔らかなせいか、嫌な気はしない。
「進学はしません。家の方を手伝います。」
言わずとも就職を選んでいると言ってみせれば、存外彼にとっては意表をついた回答だったらしくへえ、と感嘆のこもった声があがる。
ぎしりと滝の方から椅子のきしむ音が聞こえ、おそらくは背もたれにもたれかかったのだろう。
会話は途切れたと判断して顔を参考書に向かって伏せた私にとんという音と共に少し影が差す。
「そっか、春本さんともなかなか会えなくなるんだね」
ちょっと残念だななんて吐息交じりの声が聞こえてきて、社交辞令にまみれた「そうですね、なんだかさみしいです」を口には出さずただ伏せたまま笑みを浮かべる。
差し出された少し汚れの濃くなった消しゴムを受け取りながら図書室のカウンターに飾ってあるカレンダーを端に見やる。
今年ももう半年もない。
次の大会は、もう目の前に迫っていた。
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20130523
20130524 加筆修正
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