君に憧れて


ぱきんと小さな音でシャープペンシルの芯が折れるのが分かり数回ノックしていれば、終了のチャイムが鳴り響いた。
本日でテストが終わる。
部活も今日から再開され、また騒々しい毎日がはじまるのだろうなんて、詩人の様な事をまだ空欄が埋まりきっていない答案用紙が回収されていくのを見ながら思う。
義務教育、というのは楽でいい。
どんなに点数が悪かろうが辞めさせられる事なんてありえない。
退学や赤点の概念がないとこうも点数がどうのこうのと気にならないのも今年までだ。
氷帝学園の高等部に進学を決めている自分としては、今年からの下積みは決して無駄な事ではないと思う。
昨日配られすでに高等部へ進学と記入された進路調査表を鞄から出しながら、ぼんやりと周囲を見渡した。
担任が教室に入ってくればいの一番にこの進路調査表を回収できるものだけ回収されるだろう。
不意に、隣の席の子の肘の下から出た記入済みの進路調査表に目線をうつした。
丁寧な文字で読みやすく書かれた二文字は、自分の予想していたものとは全くの別物で、思わず口が開く。

「就職、」

不思議なもので、その文字だけで彼女が自分よりはるか大人に見えてくる。
そもそも義務教育とは名ばかりで、昨今は高校に進学するまでが一般的な義務教育だろう。
我が氷帝学園ともなれば、経済学や海外の情勢なども視界にとどめすべてを理解して外に出ていくのが常である。
自分も、家を継ぐ者として大学部までは当然の様に進学を予定していた。

「ねえ、」

だが、彼女はたった15の年齢で社会の人間として外に出ることを決めている。

「春本さん、就職するの?」

名前を呼んだことでようやくこちらに目を向けた春本さんは、一瞬不思議そうに顔を傾けたもののすぐに進路調査表に目線を落として納得したように頷いた。

「家の、花屋を継ぐので」

「それなら高等部進んでからでもよくない?」

「学費、高いから。親にそんなお金出させたくないんです」

学費、と言われていっきに真実味が増す。
花屋と言われすぐに出てくるのは、氷帝学園の近くでも営まれているスーパーに併設された小さな花屋、それに似通ったものなのだろう。
グループ名や会社名を出さないあたり自営業とまとめられる程度の小さな花屋が氷帝学園の自己負担となる高額な授業料を払えるか否か、と問いかけられれば否。
払えば自然と家計圧迫は目に見えている。
瞬間、彼女のイメージがぐんとよく見えてきた。
今まで、ただ暗く物静かでいじめられっこに似た空気感を持った弱い存在だと思っていたものが、大人で冷静な女の子ではなく女性として確立したもの。
それは、今の自分にとって憧れを抱くには簡単なきっかけであった。

「すごいね、なんか」

陳腐な尊敬するという言葉をつぶやいて、がやがやと騒がしい教室内で自分の進路調査表に目を落とした。
金銭的な問題の無い自分は格段に春本さんよりも選択の幅があり恵まれている。
それなのに、さっさと高等部とういう安直な進路でいいのだろうか頭がくるりと回ったような気がした。

次の日、一度書いた文字を修正テープで塗りつぶし記入しなおして提出した私の進路希望は、父の会社の本社のあるアメリカへの留学希望だった。

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20130524

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