昔昔の恋慕


少しだけ、昔話がしたい。
昔々、おおよそではあるが500年ぐらい前だと思う。
自分は近畿地方の山の中にある忍術を学べる学校に通っていた。
友人関係も良好で、成績も申し分なく向上気味を保ち、なにより食堂のご飯は実に美味しく毎日が満たされていた。
それは、身体的にでもあり内心的にでもある。
恋愛事は苦手ではあったけれど、初恋も経験し、静かに玉砕した思い出もある。
一人で後輩たちをまとめ、同い年であるのにしっかりとした所作は実に大人びて見えて憧れも抱く事ができた。
しかしながら、自分の友人の一人と仲良さげに話をする彼女を見ると失恋だとかどうでもよくなったというのは、詭弁だっただろうか。
彼女はきっと自分のことなど「三郎の友達」というカテゴリーに居たのみできっとはっきりと認知はされていなかっただろう。
そんな彼女の死を知ったのは、怪我の様子は見えないもののびっしょりと濡れて泥まみれになった年上の後輩が、長屋の前で座り込みごめんなさいと繰り返しつぶく姿を見た時だった。
なにが起こったのかもわからないまま、そういえば昼ごろに先生方と三郎雷蔵の二人が学園から慌てて出て行ったのは見かけた。
正直、自分にはさして関係ない事だと思っていた。
一年は組が朝方に出て行ったのは知っていたし、いつものややこしい事がおきたのだろう、伊助は怪我なんかしていないだろうか?その程度。
出て行ったまま帰ってこない二人はともかく、八左ヱ門も勘右ヱ門も特に普段と変わりなかったので気にも留めておらず、湯あみを終えたばかりの頭を手ぬぐいで拭きながらタカ丸さんに続きを促す。
正直、後悔しないわけがなかった。
八左ヱ門には及ばずとも三郎よりも足には自信がある自分が行っていれば彼女の命はもったかもしれないなどと余談ばかりを頭にめぐらせた。
そして何よりも、タカ丸さんには自分の気持ちが漏れてしまっていたことにも驚き、そして彼の本質的なものであろうすぐれた人間観察力に申し訳なく感じた。
きっと彼は、真っ先に自分にその情報を告げようとしてくれていたのだろう。
生憎、自分は昼間にタカ丸さんに会う事はなく今になって状況を把握できたにすぎない。
なんとも、ふがいない。

「ごめん、兵助くん。彩ちゃん…守ってあげられなかった」

もう少し自分に力があれば、もし、なんで、
気付けば雨がぽつりぽつりと降る中で洗ったばかりの頭と足を泥と雨水に晒しながら立っていた。
それ以上、自分がどうもできないことが悔しくてたまらなかった。

もう一つ、これは少しだけ最近の事になる。
200年ほど昔。家は、山林で木育て、倒し、売る。総称としてキコリの家だった。
教養がなかった為たいして時代や世界の事は把握していなかったが、なぜか持ち得ていた過去の記憶を使って少しでも家を守ろうと商人との交渉は両親よりも自分がかって出ていた。
ある日、都会の劇場への材料提供の仕事が舞い込んできた。
なんでも、音の響きだとかがうちの材料が評判がよく適しているらしく改修工事に使用してもらえることになったのだ。
こんな大きい仕事の機会などなかなかやってくるものではない。
いつもよりも木の判別を慎重に行い、大きさのそろった木材を父と共に町に運び、出来上がった頃にはオペラホウルの内装も見せてもらえいい仕事ができたと満足していた。

「襲撃、事件?」

数日情報の遅れてくる新聞の記事に映し出されたのは、ついこの間完成を見届けたオペラホウルであった。
どういう事だと父の読んでいた新聞を奪い取り、文句を左から右へと聞き流しつつ目線はじっくりと文章を読み取る。
写真は絶妙な角度でおさまり、オペラホウルのきらびやかな全貌がモノクロながら目の当たりにできた。
御曹司暗殺未遂、使用人と運転手の死亡を確認、犯人は不明。
其処に並ぶ文字にまさかと一瞬くらりとしてその場に膝をつく。
眉間を的確に打ち抜いた一発の銃弾が致命傷と書かれていれば、相当な手練れによる犯行に違いないと記事は続き、締めには近くに居た薬師の手によっての最大限の努力むなしくと書かれていた。
おそらく、即死だったのだろう。
まだ読み飛ばしてしまった大切な個所は無いか。そう思って記事を作成した人物の隣にある写真提供者の名前に瞠目する。
直接的なかかわりは一切なかったが記憶にある名前に間違いないだろう。
普段ならば使うことのない電話をほぼ半分無意識に手に取り、新聞を発行している会社に向かって数度の電子音を鳴らした。

「浦風藤内さんのご連絡先のわかる方、いらっしゃいますか」

それからまた200年あまり。
俺は、今度こそ後悔はしたくない。

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20130531

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