その男、狸


「そうか、あとはハチだけか」

ただの、いつもどおりの少しだけの休憩のつもりだった。
いつもの場所が跡部やみんなバレてしまって、仕方なしに移動した場所は、日の光の当たらないベンチ裏のこざっぱりとした芝生スペース。
ごろりと寝転がってみれば、鼻をくすぐるのびきった雑草が荒い毛布の毛羽立ちのようにふかふかとしている。
そこでもうすぐ夢の中へ、そう感じた矢先、聞こえてきた声になぜか意識はもちあがる。

「…兵助、お前」

あ、はちやくんだ。
いつもよりも数段低めの声色であれど誰かという確信をもって目線を持ち上げてみれば、逆光になって姿は判別しにくいが、最近よく話すようになった彼が見知らぬ誰かをへいすけと呼ぶのがベンチの向こうに見えた。
へいすけとは誰なのだろう。
疑問に思えど、それを明確な答えとして知りたいとは思わない。
が、半分無意識にこっそりと聞き耳を立てた。

「別に物騒な事しにきたんじゃない。雷蔵から全部聞いて、お前の今の様子見て、今必死に自分の中で結論作ってる途中なんだ」

「雷蔵に、?」

「ああ、本当にお前って間が悪いな。二回、も」

「わざわざ馬鹿にしにきたのか」

「違う」

なんなんだ、とはちやくんの空気が揺れる。
こんなにも苛立ちを露わにする姿を初めて見るのだが、会話も会話で懐かしい友人同士の会話ともとれない。
関係性がまったくもって垣間見れない。
ぴしゃりと否定の言葉を放り投げたへいすけが、一瞬こちらに目を向けた気がした。

「俺はまた何も知らないところで、彼女やお前がぼろぼろになっていくのが悔しくてたまらない、ただ、それだけだ」

今にも泣き出しそうだと思わざるを得ない、へいすけの低空飛行の声はころりと転がり、一人分の遠ざかる砂利の音とぶっきらぼうにベンチに重みがかかる音が耳に届いた。
もぞり、体を動かしてさも今気づいた、今まで寝ていたのだとばかりに起き上がる。
何度か、跡部にやったことのある狸寝入りは一度も疑われた事の無い静かな特技だ。

さも、知らぬ存ぜぬ。

「あれ?鉢屋くんこんなとこで何してるんだCー?さぼり?」

目元をおさえたはちやくんが、俺を確認するように呼ぶけれど、一度も目はかち合わず隣にゆっくりと腰を下ろす。
わざとらしいほどに目をしばしばとさせながらコートの方に目を向けてみれば、見知らぬ男がコートの中でマネージャーに話しかけていた。
ちらり、はちやくんへ目を向けた。

「暑い、ねえ」

next
20131206

- 37 -

*前次#


ページ:



ALICE+