過ぎし春よ


日常は、転機に替わりうるそう簡単には変わらない。
久々知君が現れてからといもの、昼休みには一緒にご飯でもと誘ってくれる彼には本当に申し訳ないが、それほいほいと仲良く食事にいそしめるような関係ではない事はお互いわかっているだろう。
それこそ、噂の美人転校生という名前を持ってうろつく彼が初めてクラスまで押しかけてきた日には、教室がざわりとしたのがまだ肌寒さに似て残っていた。

「夏休み、か」

誰ともなしに呟かれたその言葉に、夏休みが迫っていることを実感する。
大会はあっけなく終わり、私はとうの昔にマネージャーというものからの引退を果たした。
終わってしまえば本当に早々とした、本当にあっという間の青い春であった。
不意に今年も日照りが多く、花がすぐに暑さにやられて枯れてしまうと母がぐずっていたのを思い出す。
元気なのは、店の中で悠々と日の光を吸い込んでいるサボテン棚のみである。
新しい品種だとわくわくしていた両親だが、花を咲かせるのはまだ先の様な気がする。
部活に行く事がなくなり、私は放課後掃除のあとすぐに家路につきその花の様子を眺めるのを日課としてるからわかる。まだまだ、サボテンはつぼみすらつけない。

「ねえ、彩さんは夏休み何か予定あるの?」

「え。いえ、私は多分どこにも」

行きませんよ。とは続かない。
いつだったか、私の進路に興味を示した彼女は時たまこうして私に会話を投げかける不思議な人である。
どこの企業の令嬢であったかは、私には遠い話であるせいで把握はできていない。
しかし、よく笑ういい子だとは思う。
そんな彼女の事をぼやりと淡い輪郭で見つつどこかに行くという自分の行動範囲の狭さにふん、と鼻を鳴らす。
大阪の先輩方にも遊びに来いと言われたがなかなか簡単に一人で大阪までも行けない。
家の手伝いもあるし、自分はまだ勉学の道の上で仕事もまともに流れを理解しているわけではない。
また来年、大阪には行けばいいと思う。

「で、その。よかったら一緒に海にでも行かないかなって」

ぽん、と突拍子もない言葉が私の耳に飛び込んでくる。
これはどういう事だろう。
遊びに、誘ってくれているのだろう事は理解できたがなぜ私になのだろうと思わず「へ」なんていう間抜けな声が漏れた。
あわあわと少し気恥ずかしそうにするあたり、聞き間違いでもないのだろう。
彼女は、夏休み明けにはもうこの学校には居ないというのだから私を誘うよりももっと、仲の良い者を誘えばいいのにと悲観的に見てしまう。

「私、ですか?」

「うん!あの、別に家の手伝いとかで忙しいなら無理にじゃないし!よかったら、その」

探る様に聞いてしまう私の言葉には素直に返す彼女は、前髪を手櫛で何回か撫でてからちらりとこちらを見やる。
懐かしい、友人など、いつぶりの感覚だろうか。

「ぜひ、お願いします」

そう返せば、嬉しそうに頬を染めて計画を話す彼女は、私にはとてもまぶしく見えた。

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20140708

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