怠った報い


自分がどうあればいいのかを理解できぬまま、14の年を迎えた。
過去の記憶を持ったまま過去の実力以上を必死に取り戻してみれば、自然と裏社会に体をうずめる結果となる。
生まれた日も、親も、いつからか記憶には無く鏡を見た自分の素顔は、過去の自分とは違う片割れのそれと同じものとなっていた。
理由は、わからない。
だが、一番落ち着く顔に自分が定着したならばいい事だと私は深く考える事はしなかった。
情報に事欠かぬ今、私はそんな事よりも過去の友人らを必死になって探していた。

「三郎、依頼だ」

「はい」

軽く返事をして部屋の隙間に差し込まれた封筒を手に取る。
内容は、普段と変わらぬものかとため息を吐いて資料に目線を泳がせて一行の文字に止まるのはすぐの事だった。
依頼内容は、良家の三男の暗殺。
身の回りの世話をする女の使用人が一人、運転手が一人。
ほとんどの時間この二人のどちらかが張り付いているだけの簡単なものである。

「なんだよ、馬鹿」

何百年ぶりに彼女の名前を見ただろう、過去にも同じ名前の人間を見た記憶は確かにあったが、全てハズレていた。
しかし今回、文字だけで彼女だという確信があるのはきっと私だけだろう。
屋敷に出入りする人間に記憶にある苗字がいくつかあったが、これは少し確信にはならなかった。
決行日は次の満月、奇しくも彼女の誕生日で、街のホウルであるオペラ会のチケットが一枚依頼主の名前で同封されていた。
下準備、というのは今回の様な場合ほとんど必要が無い。
依頼主の顔は知っているし、金持ち集団のお顔なんぞもう頭に刷り込まれている。
一度、一度だけ確認のために屋敷の様子を見に行こう。
私はその日の夕刻に、身にしっくりと馴染む忍装束に身を包み屋敷にはえた木の陰に体を隠した。
出入りする人間はあまりいないらしく、しばらくしてたった一人だけ風呂敷に包まれた木箱を抱えた少年が屋敷の鐘を大きく鳴らした。

「まご…へ?」

その声に涙がに滲むほどの嬉しさが込み上げた。
間違いなく彼女の声で、呼ばれた少年もよくよく見れば顔見知りの伊賀崎孫兵であることがわかった。
思わず駆け寄りたくなったが、次にでた勘違いだとでも言う伊賀崎の言葉に足がすくむ。
まだ扉の向こうにしか見えない彼女だが、きっと泣き出してしまいそうな顔をしているだろう。
伊賀崎らしき少年が苦痛にゆがんだ表情で屋敷を去れば、彼女が少しだけ外に出て一筋だけの涙を流した。
見えた姿に胸元はぎゅっと締め付けられる。
ああ、彼女はきっと私たちを探しているのだ。
今すぐ近寄って抱きしめてやりたかったが、不意に車で現れたこの家の三男である子供に彼女は頭を下げてそそくさと中に入ってしまった。
あの三男を依頼通りにできたら報酬に彼女の身柄を受け入れよう。そんなことを思いながら静かにその場から風をきった。
私の頭には、もう彼女との今後のことしか頭には無い。
そればかりを毎日の様に考えていればその日がくるのは実に早く、夜のオペラホウルは煌びやかに着飾った男女で溢れかえっていた。
慣れた感覚でチケットの人物の顔を借りて中に入り、標的が現れるのを待つ。
スッと予定通りの席に現れた標的の姿に僅かに違和感を感じたが間違いない、隣には運転手の姿も確認でき私は意気揚々と射程位置で様子をうかがった。
バルコニー席に入り下を覗き込んだりぼーっとしたりと、落ち着きがあるのか無いのかわからないあたりまだ子供か。
同い年であるにも関わらずどこか蔑んだ目で相手を見やった。
オペラは自体はてんでつまらなくて、何を言っているのかすらわからない私は少しその場を離れる。
ロビーにあったソファに座り込み深い呼吸を一度だけしてにへら、と彼女が笑っていた記憶を呼び起こしては頬を緩めた。
おかえり。と、言わなければとまだ脳内にはあたたかさと優しさで溢れた彼女の思い出が浸る。

「ちょっと、すみません」

余韻に浸っていれば、後方から話しかけられた声に手洗い場でも聞かれるのかと振り返った。
そこに見えた見慣れた顔に、私は小さく彼の名を呼ぶ。

「らいぞ…?」

「やっぱり!三郎?三郎だろう?!」

「まさか、覚えてるのか?」

数百年前、かつて双忍と言われた片割れ。
あの学舎を卒業した後も共に城につき最期を迎えたその人が、変わらぬ優しい笑顔で私をぎゅっと抱き締めた。
あれだけ探してもいなかったその姿に、頭はまだ信用しきれはしない。

「覚えているとも、今も僕の顔なんだね。まさかとは思って話しかけてよかった」

「いや。不思議なもので今はこれが素顔なんだ、が。雷蔵、探したんだぞ?」

「ごめん。僕、今は中在家様…中在家先輩の家で薬師をしてるんだ」

雷蔵は、一度言い直りそのまま説明を続けた。
ホウルの中からは未だにオペラの高らかな音楽と声が響き、終わるにはまだ時間がかかるように感じる。
なんでも、雷蔵は不破雷蔵そのままに薬師の家に育ちその手腕を認められ雇われた先が中在家の屋敷だという。
中在家という家のある街はこの街よりも北にあり、相当遠方の出であるらしい。

「そりゃ見つかるわけ無い…か」

「中在家先輩も覚えてらっしゃってね。今は、作家先生を目指しておられるよ」

「ふうん。で、今日は招待か。いいなぁ金持ちは」

「三郎だって見にきたんだろう?」

「私は仕事だよ」

仕事?と首を傾げる雷蔵にちらりと袖口に仕込んだ折りたたまれた銃口をちらつかせる。
目を見開く雷蔵は、まさかと悲しげな表情を浮かべた。

「昔と変わらない、むしろ今の方が私は荒んでいるかもしれないな」

「…今日、誰かを?」

「ああ、1人。でもこの仕事が終わったら足を洗うつもりなんだ私」

清々しいとさえ感じながら、続けた言葉にも雷蔵はツラいとばかりにくしゃくしゃに目を歪める。
順忍不和雷蔵。彼は、同じ顔の私なんかよりも優しいが故に自然とそう差別化された。
不意に、従業員がエントランスの準備を始めだす。
間もなく公演が終わるのだろう。

「おっと、終わってしまう前に行かないと」

「三郎…」

「雷蔵、早めに出た方がいい。騒がしくなるぞ」

会えて良かったと懐かしい片割れの頭を撫でて背を向ける。
何か言いたげな空気も、悲しい気配すら振り切ってホウルの扉を開き、光を遮光するカーテンの隙間へと体を忍ばせた。
標的は先ほどまでと何ら変わらない体勢でだらしがない。
ご挨拶程度にと殺気を向けると、慌てた様子なく運転手だろう男と数回言葉を交わした。

オペラ公演が終わる。

前の座席から拍手と共に客が徐々に立ち上がっていく。
数分前まで、昔なじみと和気藹々としていた時間を懐かしく感じつつ同じように立ち上がった標的に銃口を向ける。
高らかな銃声は心地よく鳴り響いた。
視界から、標的が席に崩れ落ちる様が見て取れ終わったと安堵する間もなく、ホウルの中は自らが狙われるとばかりに出て行こうと慌てふためく金持ちの波がくる。
このまま波に乗って逃げてしまえばこちらの勝ち。
そう思っていた最中、波の中に視界に入ってはならない顔が横切った。

「まさか…!」

私が失敗などとたかをくくるわけにはいかない。
先ほど前を横切ったのは間違いなく標的その人であり、資料に無い警備数人に囲われた姿にそこらの貴族とは別物の風が感じられた。
騒ぎに乗じ、飛び上がるようにして狙った標的のバルコニー席に立つ。
そこにいた人物が抱える人は、頭から赤い血を流しゆるく目を閉じていた。

「お前…鉢屋か」

聞き慣れた声に目線を向ければ先ほどまでここに居たであろう運転手とは別の顔がそこにあった。
否、何故そこで目を見開いているのかわからないが、変わらぬ恩師の姿に目からぼろりとこぼれ落ちた涙を止められはしないかった。

「木下先生…?」

「なんてことだ。くそ、もう少し早ければ…!」

「先生、俺は…跡部の三男坊を殺したんです…よね?」

木下先生が何を悔やみたいのかはわからなかった。
ただ、先生が腕に抱える上等な布に包まれた人が間違い無く今し方確認した人物でない事は理解できた。
それでもそこで目を閉じているのは、女ではなく男である。そう言い聞かせたかったが、夢にまでみた優しく愛らしいその顔を否定などできはしない。
変わり身ならば他にも居ただろう、何故彼女でなければならないのかと頭はぐるぐると忙しなく自分のした事を薄める言葉を浮かべる。
彼女は、愛しい君。
その頭を撃ち抜いたのは、私。

二度目の君の死の引き金を引いたのは俺。


end
20120529

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