過去の、痕


私の体には、痣がある。
赤ん坊の頃から気味悪がられ、幼稚舎の水遊びも、初等部のプールも、どうしても目立ってしまうその背中の痣で私はいじめというものを受けていた。
人付き合いというのが苦手になったのは、そのせいもあるかもしれない。
両親をどこか信用しきれないのは、生まれもってしまったこの記憶のせいなのかもしれない。
私は、二度の短い一生を記憶したまま今平成と年号のついた世界に生まれていた。
一度目の記憶の時代が室町と振り分けられている事を知り、次が明治か大正のどちらかであろうと曖昧に知ったのは初等部の頃。
中等部に上がる頃には、周囲の人が私の忍としての身体能力と使用人としての染み着いた従順さを気味悪いモノとして扱われていた。
背中の痣がそれを増長させたのだろう。
どれだけいじめても私は、すみませんと頭を下げ押し付けられる用事もすべて言い返さない。
気のいい人ではない、意識的に私はピラミッドの最下部に居た。

「春本さーん。これもお願いねー」

「あ、じゃあ私も」

放課後、係でも無いのに掃除を任される事にはすでに慣れていた。
机に放置された使い込んだホウキとチリトリを持って私は、いつものように教室の隅から隅を掃いていく。
毎日私が掃除をしている教室はいつも綺麗で、唯一の楽しみは教室から覗けるテニスコートとグラウンドと空のトライアングルを見る事だった。
今日のは特別綺麗で、少し見とれてしまい慌てて教科書で重い鞄を抱えて校舎を出る。
騒がしい目的地手前で曲がり、実質的に私しか使わないロッカールームの鍵を開いて手早く着替えを済ます。
今日は、少し夏日になりそうだ。
じわりとにじむ額の汗を気にしつつ動きやすいジャージの長ズボンに半袖のTシャツで外に出れば、どんと構える後輩の姿に思わず目を細めた。

「すみません樺地くん。今タオル出すから」

彼が私の前に顔を出す理由は、備品が足りないか余程の用事が無い限り有り得ない。
手に、ボトルは持っているという事はドリンクは既にあるのだろう。
私はタオルをまとめた籠を樺地に手渡し頭を下げてコートの裏に駆けていった。
きゃーきゃーと騒がしいのは、我が校特有なのかどうか私は知らない。
テニス部と言う部活動に私が関わっている理由も、何もかも、全ては部長である彼の存在がある故だった。

「きたか樺地」
「ウス」

跡部景吾。
私がマネージャーとして所属する氷帝学園男子テニス部部長兼生徒会長。
跡部財閥の御曹司。
記憶にある当主の子が私の輪廻にまだしがみついていた。
タオルの入った籠を持った樺地の姿を見つけ、跡部は休憩を促す。
そうすれば、私はほったらかしになったボールをレギュラーコートから順に片付けをする。
誰とも会話をせず、空気でもあるかの様に作業を終わらせまた裏に戻ってぐちゃぐちゃになったタオルと空のボトルを洗いに補充に回った。
何故、マネージャーになったのか。
跡部との主従関係は、前世で途切れたものではなかったというのが本筋である。
幼稚舎の頃から、既に目をつけられ跡部のまわりの世話は私がしていた。
教師があやしむ事はない程、私は今世跡部と主従関係では無いにも関わらず極々自然に周囲から跡部家の使用人の子であると思われている。
有無を言わせぬ入部届け提出の知らせは、初対面のはずの顧問から告げられ否定も拒否もできぬまま現在に至る。
古くなり始めているのか、洗濯機が機械音を大きくして響かせた。
便利になったものだ。そう感じる頭の隅で懐かしい顔をちらつかせる。
ただ懐かしみ、ただ彼らの幻影にしがみつく私は実に滑稽であろう。

そう簡単に出会えない事はもうわかっているから探さない。

ピーと高らかな出来上がりを知らせる機械音で意識を覚醒させ、私は籠いっぱいにタオルを積んでため息を吐く。
そう心に思いながらも無意識に探してしまう阿呆はこの私だ。

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20120603

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