呼ばないで
あつい、あつい、日差しからの力が強い。
夏らしい雲が空に登り、じりじりと照りつける太陽は自分の居場所を知らしめるように光り輝いた。
もう夏本番は目の前に控えている。
「鉢屋くんは、部活決めた?」
そんな言葉は、騒々しい教室の中で私の耳にツンと誇張する。
転校生鉢屋三郎の周りには、隣席する跡部景吾と優しい彼女。
彼女の付き添いだろう忍足の姿もある。
外野はそれに時たま視線を向け、一人携帯電話を弄る宍戸にも流れていく。
彼は、新たな仲間である彼に対して興味が無いのだろう。
「んや、まだ決めかねているんだ。ここは部活が多くて悩む」
「テニス部へ来いよ、直々に指導してやるぜ?」
「テニスかー、やった事無いし興味はあるな」
仲よさげに交わされる会話に、時たま私はびくりと肩を震わせた。
氷帝は、部活または委員会所属の義務が全生徒にある。
特例もあるらしいが詳しくは知らない。
それ故に私は彼が今後どこに所属するかが恐ろしくてたまらなかった。
転校初日から早二週間。
続々とクラス問わず友人を増やしていく鉢屋三郎に対して、私はとにかく関わり合いを避けた。
部活の朝練故に登校時間は操作できないが、自分の席につくまでの道のりを意識的に変える。
帰りは、いつものように掃除。
だが、万が一彼が掃除当番など回ってきたらさっさと教室から出ようと考えている。
あとは、彼がテニス部に関わり合いを持たなければ、懐かしさのある似た人がクラスに居るだけと割り切ればいい。
残り一年も無いのだ、それぐらい我慢できると自らにたかをくくった。
彼からの反応次第で、自分が壊れてしまうだなんて繊細な事を思う。
しかし、今まさに跡部の口から零れた勧誘の言葉は私の計画を崩す要因にしかならない。
お願いだから。と私は祈るように机に突っ伏した。
「なら一度見学でもきたらええんちゃう?」
「それいい!見応えあると思うよ!私委員会あるから後で行こうかな」
余計な事を言わないでくれと叫びたくなる。
そのまま進む話に私は耳を塞ぐも、楽しそうな彼の声だけがするすると耳に入ってきた。
「じゃあ、放課後行かせてもらおう」
それからの残りの授業の間。どうやれば、どう言い訳をすれば、今日の部活への参加をしないですむのか
はたまた、彼と顔を合わせる可能性を減らせるのかと頭を悩ませた。
体調が悪いと言って休むのか?同じクラスの人間が何人テニス部に所属しているかを考えれば、放課後に突然など不自然すぎる。
何かを頼まれたからと遅れて部活に出ればもう居ないのではないか?
これは、もし彼がその時にも見学を続行していた場合逆に後入りは目立ってしまう。
様々な可能性を考え、知将ならぬ戦略のごとく頭を働かせたが無情にも時間は迫る。
誰もいなくなった教室で小さくため息を吐いた。
あれだけ悩んだにも関わらず、いつもと何も変わらない。
ゴミをまとめ、教科書の詰まった鞄を抱えて階段を一段一段と踏みしめる。
掃除をしながら、一つだけ彼とは初対面なのだ。という当たり前の事を確認した。
どこかでまだ期待する心を抑えつけ、いつものようにジャージに着替えてテニスコートに向かう。
もう、一度目の休憩中らしくコート上にはボールが無造作に転がっていて私は籠を持ちコートに入った。
「…なあ」
転がっていたボールを数個。
しゃがんだまま籠に回収している最中。
不意に、後ろからかけられた声に勢いよく顔を向ける。
やはりまだ帰っていなかったのか、と思いつつ差し出される片手に目線を落とした。
目を合わせるなどしていないと言うのに、声を聞きと手を見ただけで感情が笑いたいのか泣きたいのかと混乱した悲鳴をあげる。
「私は鉢屋三郎。明日からテニス部に入るんだ、同じクラスの春本さんだよな?よろしく」
差し出された手は、私との握手を望み、震えてしまいそうになる声でよろしくお願いしますと軽く手を握りかえした。
必死に貼り付けた笑みを向け、ベンチにいる部員らの元にかえって行く彼を見つめ唇を噛む。
泣くな、最初からわかってただろう。
彼も私を覚えていないんだ。
名字で呼ばれる事がこんなにも苦しいだなんて、考えた事もなかったのです。
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20120610
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