夏の特等席
今日から同い年に新しい部員が増えた。
はちやさぶろう
跡部と宍戸と同じクラスで、最近転校してきたらしいその人はとてもとても愛想のよい笑顔でよろしくと手を差し出した。
「よろしくー」
へらり、という擬音の似合う笑みを向ければ知り合いによく似た笑い方をする奴がいると頭を撫でられた。
いい人だ、と思う。
最初の準備運動のゆっくりと体をほぐしている様子から運動には慣れているんだろう柔軟性が伺えた。
シングルプレイヤー?ダブルスプレイヤー?どちらでもいけそうな柔軟性。
跡部が嬉しそうに笑っているのをさっき見かけた。
「あ、春本ちゃーん」
休憩中、レギュラーの練習用にポールを出してこいと跡部に言われマネージャーに声をかけた。
少し目の回りが赤いのは日にやけたせいではないだろう、不思議に思ったけれど興味はなかった。
ポールの数とコートを指示すれば、マネージャーはわかりましたと頷いて持っていた洗濯物の入った籠を隅の誰も使わない木製のベンチに置いて駆け出す。
じんわりとベンチに水分が染み出している。
少しだけ睡魔がきたけれど、この近くにはいい寝床が無い。
木陰も小さくてこの季節暑くて無い。
木陰も小さくてこの季節暑くてたまらないのだ。
仕方なくレギュラーコートに戻って影になった木の下に腰をおろす。
他の場所よりも断然風通しがよくて涼しい、見晴らしもいいせいかすぐに見つかってしまう難点はあるもののそれは逆に見つかる前に隠れもできた。
ポールを持ったマネージャーがレギュラーコートに入り、個数を確認してちらりと部員の集まりに目を向ける。
彼女が苦しげに表情を歪め何かを見つめた。
笑い合う我が友人たちを、それこそ羨ましいと見つめる人間は珍しくないがあの視線は妙だ。
見たくないけど見てしまう、だからだろう。彼女は目元を誤魔化すように拭いレギュラーコートを足早に去る。
「恋?まさか、」
あれが恋愛事の瞳であるものか。
そのバカバカしい考えを吹っ切るように一度まばたきをして目を閉じ、ふんと鼻を鳴らした。
「芥川くん、跡部が呼んでいるよ。サボるな、だそうだ」
「んー、俺今から休憩だC。個人休憩」
「そうなのかい?なら、私から伝えとこう」
いつの間にか近寄っていたはちやさぶろうが、クスクスと喉を鳴らしているのがわかった。
目を閉じたまま体を丸めて彼に背を向ければ、隣に座り込む地面と草のこすれる音がする。
「ここはいいな、全部見える」
そうでしょう。お気に入りなんだと答える気力なく睡魔は心地よく誘う。
休憩終わりだという声が聞こえた気がしたけれど、しばらくそよぐ風しか動かなかった。
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20120611
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