言えるわけもなく
女は、港とおんなじだ。
その場その場で関係を築き、もう会えない事など当たり前のように受け入れなければいけない。
よって、俺は今現在の自分の感情にどうしようもない動揺を隠そうと平静を装った。
この島のログは五日で溜まる。
それまで自由にしていろという船長のしたり顔と共に意気揚々と本日のお相手を買いに出かけた。
海賊だとわかると変に厄介ごとに巻き込まれる事もあるため、普段ならばめったに着ることのないパンツとシャツ、変わらないのはもうトレードマークだろうキャスケット帽とサングラスのみだ。
まだ、この島の地理はよく把握できてはいないがいつものように酒場で店主から店の一つでも紹介してもらえば問題ないだろう。
目前に見えた町のにぎやかさの中、視界端にひっそりと小さな酒場の看板が見えた。
えらくさびれているが、中から少しにぎやかな声が聞こえてくるあたり閉まっている様ではなく、もしかしたら穴場の店の情報が手に入るかもと足をくるりと方向転換してその酒場へと向ける。
低い鐘の音が響いて、中の明るさが目に留まる。
数人の島の人間だろう妙齢のじじいと店主らしい男ががはがはと笑いあい店員は一名、女がいた。
店内は実にシンプルで、カウンターに5名、4名テーブルが二つという簡素さ。
すでにテーブル一つはじじいに占拠され、静かにカウンターへと腰を下ろした。
「ご注文は?」
一息、息を吐き出したとほぼ同時に高めの声が耳に届いた。
店員の女だろう、ゆっくりと顔を持ち上げ、サングラス越しにその姿を足元からとらえていく。
使い込まれたブラックのパンプス、履きこんだのだろうスキニ―パンツも右膝の部分が破けていてどこで怪我をしたのか小さな絆創膏がその穴からこちらを覗いていた。
こぼれそうになる笑みをこらえて女の顔へと目線を上げる。
黒髪を下でまとめ、少し分厚めのメガネの奥からの見えた瞳はきょときょととこちらの反応を待ちわびる。
はて、どこかで?
「んあ、えーっと…ラム酒」
「…あれ?」
「?」
店員は注文を聞いたにも拘わらずそのメガネの向こうの目が見開いているのが分かるほどじっと固まる。
「もしかして、シャチ?」
「え?」
「やっぱり!シャチ!やだ、久しぶり!」
困惑の空気の中、唐突に呼ばれる自分の名前に思わずサングラスが少しばかりずり落ちる。
きゃあきゃあと興奮気味な女は、ばしばしと自分の腕をひっぱたくものだから少し痛いがなぜ自分の名前をしっているのか?と黙ったままになっていた。
その興奮の声を聴いたのか、テーブル席のじじいが、にぎやかだなーなんて他人事の様に呟き笑う。
実質、同じ空間にいるだけで他人事なのだが、どうも少しだけイラッとした。
「おいおい、知り合いなのはいいけどちゃんと働けー」
「すみません店長!とりあえずラム酒一杯出します!」
「なまえちゃん、そんなはしゃいでると転ぶぞー」
「転びません!ちょっと私の分もいれちゃおう!」
ひょこひょことカウンターの向こうに消えていくその姿を目で追いかけ、さっき何気なくじじいから呟かれた名前を空に復唱する。
故郷の島で幼馴染というカテゴリーに属し、その中でも特質したいわゆる初恋の人の名ではなかっただろうか。
カタンと目の前におかれた褐色に染まったグラス。
さも楽しげに隣に腰を下ろして、元気だったーなんて軽々しく声をかけてくる彼女に、消え入りそうな声がこぼれ落ちた。
「よう、なまえ」
そう言えば、はにかむように笑い返す彼女に海賊になったんだなんて
20130419
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