▼羽音と声と

「あのさぁ?」

今まで聞いた事のない、低くドスの効いた声だった。
あまり立て付けのよろしくない玄関扉が明らかに外れているのを気にもせず、そこに立つチョロ松は、ちろりと赤黒い二股に割れた舌を見せる。
その目の前に何が見えるか、私が全身を目玉で覆い尽くしたトド松によって、壁際に攻めよられている状況。
ようやく姿を見せたがしゃどくろの一松が、目をきょろきょろとせわしなくさせながらトド松の着流しの袖をくいっと弱く引っ張った。

「匂いでわかるでしょー。もう所有者いんだけど」

「知ってるよーだ。ちゃんと教育されててむかつくけど」

「いつもうちの中うろうろしてんの見逃してやってんのに手だしてまで関わりたいわけ?お前マジめんどくさいわ」

「はぁ?なにその僕が構ってちゃんみたいな発言。そっちこそ勝手にうちまできて何様?」

口の悪い怒号の飛び交う中、ひょっこりと現れた十四松が、私のそばに寄ってきてすんすんと鼻を鳴らす。
そばにいた一松は、小さな声で十四松を呼んだが、おそらく聞こえてはいないだろう。それほどか細く小さな声だった。
べろり、十四松が私の頬をなめいつもの焦点の合わない目で私を見つめる。

「どこも食べられてない?」

「うん」

そう、ならよかった。と笑みを浮かべる十四松は、そのまま目線を一松に向ける。
ひさしぶり、と一松が先程よりも幾分か大きくはっきりと卑屈に喉を鳴らす。

「お前の同居人、危機感なさすぎ」

「大丈夫!手だしたら死ぬから!」

「ああ、チョロ松兄さんお得意のやつね」

ぼんやりとそんな会話がなされる中。不意に私の耳にばさりと羽の音が聞こえた気がした。
鳥の大きさではあきらかにないその音は、おそらく全員に聞こえたのだろう。
チョロ松が誰よりもいやそうに表情をゆがめて声を上げた。

「奈緒。十四松。めんどくさいのが帰ってきたし家に帰るよ」

「はいはーい!」

さし伸ばされたその手を握り返し、ぐっと引っ張られた衝撃に瞬きをしただけの時間で景色は一変する。
ぐんと風を切るそのはやさ、チョロ松は人型のまま、獣化した山犬がごとく大きい十四松にまたがる。
どうやらものすごく谷の底近くに建った屋敷だったのだろう。
来るときには気づかなかった距離に、そして家までこの速さであってもかかってしまう時間に、そして、瞬きの間際に聞こえてきた声に、少しもったいない事をしたなとため息が漏れた。

「やっと」

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20160615

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