seven
俺の記憶は断片的であるが鮮明さはピカイチだった。
仕えていた城、主君、戦での勝敗、馬の数、女中頭の名前。
家具の配置だって紙とペンでも与えてくれたならばすべて事細かに書き記せる自信がある。
その中でも一番煌びやかな記憶にあったのは、城下の小さな茶屋の娘のなまえの事。
長く伸ばした髪をすべて後ろでまとめて紐で結い上げ、父からもらったという赤玉の安い簪を挿して仕事をこなすその姿。
看板娘というにはもってこいで、彼女目当ての男の客も少なからず存在していた。
自分もその一人である。
「お団子二十みたらしでー」
「まいどー!さっちゃんお遣いご苦労様ね」
お茶出すから座っててと笑みを浮かべる彼女との関係は長い。
佐門というその場凌ぎの名を告げて、いつの間にかついていた彼女特有の呼称はもう定着していて馴染んでいる。
常連となったにも関わらず、見た目も髪色を変えたりと変化して素姓も明かさないが関係ない事だろう。
しかし、忍である自分を謙虚に受け止め気遣ってくれる彼女に心を持っていかれた時にはもう止まる事はなくなっていた。
「なまえちゃん俺様とお付き合いしよっか」
「あははー、また冗談ばっかり」
「本気だってばー」
いつしか、此処に来る度に言うこの文句も流されてばかりではある。
包まれた団子を受け取り、また来るねと手を振って茶屋を出て城までの道を駆けた。
次会ったら違う文句も試してみよう、などと考えていた数日後の事。
甲斐の国境にある小国が謀反を起こし小さな戦が勃発した。
無論、主君である真田幸村と共に馳せ参じ兵を一掃しているそんな最中。
隅に戦に巻き込まれたのであろう民の死体があり、思わず目を見張った。
「…なまえちゃん?」
よたよたと足取りを重くしながら近づいた先には、桃色の小袖に笠をかぶって小さな荷を背負ったなまえが倒れ目を閉じている。
笠をのければ、見覚えのある赤玉の簪。
乱れ髪になんとか絡まっているそれを抜きとれば、髪がさらさらと体にまとわりつく。
何故此処にいる、何故こんなにもぼろぼろなのか。
理由がわからず呆然とするしかなく、ただ彼女がすでに息絶えている事だけは頭が把握していたのだろう。
しばらくして主君に声をかけられるまで、その場に立ち尽くし許しを得て彼女を茶屋のそばまで運んだ事を覚えている。
彼女がもっていた荷にあった文が、暗号化された忍のものだというのにも気付いたが燃やし消した。
彼女の素姓などなんであれ冷たく冷え切った彼女に、運びながら何度も囁きかける。
「なまえちゃん、好き、好きだよ。大好き」
好きだ、好きだと繰り返した。
その後の戦で自らの命が果て、新たな人生を歩み始めた矢先に彼女を校内で見かけた時は頭が爆発するかと思う程の歓喜に震えた。
今度こそ、彼女を我が手に、
過去の立場も過去の諸行も何も現世には全く関係も無い。
「さっ…ちゃん…」
ああ、懐かしいその呼び名に涙が止まらない。
伸ばした手で掴む君の柔肌をもう絶対、離してなんかあげやしない。
end
20120729
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