お着替えも楽々と


いつもの日常が戻る。
といっても今日は休みで、正直昨日唇を奪ってきた輩とおでかけしようかという気分ではない。
もう一度言おう、昨日気まずい状況に陥った相手とお買い物などという気分ではない。

「俺様なんでも似合って困っちゃう」

どう?と聞いてくる佐助さんは、何故古着屋で意気込んで試着室のカーテンが開けるのだろう。
流行などさっぱりの私だが、似合っているか似合っていないかで言えば間違いなく彼のその姿は似合っているのだがまたどうも腑に落ちない。

「予算5000円で買ってくれるなら買えばいいよ」

「これ全身で4840円」

「よく見つけてくるね」

彼の試着しているダメージ加工なのか古着だからなのかわからないスキニージーンズをぐいぐいと引っ張れば、やめてよーとへらへらとした静止がかかる。
衣類だけかと思いきや、目ざとく左手首に革のベルトブレスレッドが見えたのにまさかこれを含めてなのかと心底驚く。
佐助さんを着飾る気は、出会った当初と感覚は変わらずない。
唇奪ってきた奴の為に服を買い与えるのではない。
しかし、突然だが母が今晩会いにやって来るのだ。

「こういうの名前ちゃんのお母さん好み?街中の人参考にしたんだけど」

「母さんの好みは、土の似合うがっしりした男前」

「…右目の旦那っぽい」

みぎめのだんな。というのを言葉だけで目玉親父を想像しつつ早く選んでくれとため息を見せつける。
朝、いつも通り爽やかな朝食の匂いを嗅ぎながら目が覚めてすぐ鳴り響いた携帯は月一回かかってくる母からだった。
ああ、大丈夫、お米送って、等と言葉をベッドの上で呟いていれば部屋に佐助さんの名前ちゃんご飯できたよーという声が響く。
母は、ど近眼で若干の乱視を補うかのように異常な程耳がいい。

「彼氏?」

勘違いもするだろう。
朝、娘の電話の向こうから若い男が朝食の準備ができたと名指しする声がしたのだから、当然。
話はあれよあれよという間に進み、そろそろ遊びに行こうと思っていたから米を持って行く。夕方にはつくから彼氏会わせなさいよ。大丈夫、ホテルとるからとにかく紹介しなさいよ。
何故、うちの母はこんなにも行動力に溢れているのだろう。
否定する間もなく、電話の向こうで通話が切れるギリギリに聞こえたのは誰に伝えているのか『名前がどうせ』というなんとも歯切れの悪い言葉だった。
しばらく呆然として、佐助さんの作った昨晩の鍋の残りで作った雑炊と水菜のおひたしと漬け物を食べた。
ふと気付いたのは佐助が当たり前に着る私のアウターとボトム。
このままでは佐助が私を財布にしているダメンズだと母に疑われる。
それでは何よりも佐助さんの不思議な事情まで話す暇もなく怒鳴りつけられて終わる。
いかん、まともな服を着せなきゃいけない。
この思考のまま現在に至るのである。

「名前ちゃんこれならどう?」

再度試着室からひょこりと顔を出す佐助さんは、細身のスラックスにシャツ、ネクタイ、カーディガン。
素敵ないいとこのお坊っちゃんは、私に向かって伊達眼鏡を押し上げて笑う。

「髪色が落ち着いたら好青年だね」

次のまばたきを終えた瞬間、髪色を焦げ茶色にした佐助さんがこれで完璧とレジに向かって歩いて行った。

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20121117

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