君のいる世界
「芸能界とか興味ない?」
名前ちゃんのお母さんとの対面を果たして二日後、こっちの世界に来て二週間が経過した。
弟さんのお下がりだという着物を与えられ、今日は名前ちゃんから晩御飯の買い出しとこの時代のものの名前が書かれた紙を渡されいつもよりも広い行動範囲を歩く。
こちらに来たばかりの頃に少し見て回った範囲内の其処は夜と同じくらい人で溢れている。
灰色の木は電柱と言ってむやみに触れてしまうと感電するらしくのんきにあの上で情報収集していた自分の運が良かったのだろうと納得することにした。
そんな中、片手に巻かれた落とし紙の入った袋を持って次に向かういつものスーパーへの道のりの中、四十少し程度年齢を重ねているだろう男に声を掛けられたのが今だ。
「げいのうかい?」
「そう、うちモデルの事務所なんだけどね」
自分の呟きに乗っかるように次々と言葉を連ねる男は、どうやらスカウトというものらしい。
唖然としたまま話を聞いていれば、もし興味あれば連絡して!と強引に小さな紙切れを掴まされた。
芸能界といえば、名前ちゃんの働く業界の事だろう。
名前ちゃんの仕事を詳しく理解した事はないが、少しだけ、ほんの少しだけ芸能界というものに意識を漂わせる。
少し様子見を、そう思って路地裏に駆け込み屋根の上まで飛び上がった。
ひゅんと耳に風がまとい、足先で駆け抜けスーパーで最初から決めていた鯖とブロッコリーと白ネギを買いまた家までの道を駆ける。
ただ、唐突に湧いた興味という本能のまま荷をかたして元の道に戻るその間、四半刻もいかないだろう。
道の端には携帯電話で何かを話す先程の男がまだそこに立って居た。
男は慌てた様子で車を呼び止めどこかに走り出す。
目線を離さずそのまま車を追いかけ、到着した場所には南蛮語と仮名文字が並び見張りのいる入口へと車は滑り込んでいく。
「俺様の腕の見せ所ってね」
久々の隠密行動だ。
ぶわりとバサラを纏い闇に体を沈めて建物に入る。
テレビで収集した情報では、こういう大きな建物にはカメラというものがついていて遠方から監視されているらしい為死角が見つかっても地上へと体を出すことはなかった。
そのまま男の影を追いかけ、やっと見慣れたエレベーターという箱へと乗り込む。
男はまだ携帯で何かをしゃべっていてどうやらなにかややこしい事でも起こったようだ。
到着した階には、重い扉と広い空間の中のたくさんの人で溢れ何人かが舞台のような一角で会話をしている。
此処は何をする場所なのか、まったく予想も付かず上にあった電灯の吊るされた棒に座って上からただ様子をうかがった。
「はい、お疲れ様でしたー」
不意に、何者かの発言をきっかけにするように其処に居た人たちが皆口々に互いを労わる言葉を継げる。
その中に一人、見知った顔を見つけたのは本当にすぐだった。
「あ、名前ちゃん」
此処は彼女の職場だったのか、と腕を出し腰に工具を下げた彼女が身の丈よりも大きな梯子を肩に担いで舞台の一角に足を踏み込む。
いい機会だ、彼女の仕事の様子を。と少し体を前のめりにしようとすればぐんと座っていた棒が下に下がり始め慌てて違う棒へと体を移動させる。
「おい!バトン降ろすなら声かけろ!」
「すみません!7バトン降りてます!」
どうやら、乗っかっていた棒はバトンというらしく下まで降りてなにやら機材を外したりと片づけをしているらしい。
怒鳴られた若い男がまた次々に操作をしていく中で、名前ちゃんはそれをたやすくかいくぐりどんどんと舞台の原型を崩していく。彼女の体が普通の町娘よりもしっかりとしているのはこのせいなのだろう。
体の二倍ある部品も軽々と運び、駒のついた台に綺麗に積み込まれていく。
慣れているのだろうきびきびとした動きに無駄はなく、たまにかけられる上司らしき人物からの呼びかけへの返答もきちりとしている。
徐々に自分の仕事を終えた人々がその場から出ていく中、名前ちゃんと同じ立場であろう人達はまだ片付けが終わらない。
そういえば、名前ちゃんがいつも朝早く夜遅い事の理由を聞いたときに言っていたのはこれで間違いないだろう。
『大道具は一番最初に来て土台作って、一番最後に片づけが終わるの。もちろん例外もあるけど、他の人は本番中が一番大変で休む暇がないんだからマシよ。いい事ばっかりな訳ないじゃない。』
ひらりとポケットに入れていた紙切れを見ながら息を吐き出す。
外で待ち構えていれば、なんで?!と声があがったので偶然近くまでとわざとらしくわかりやすい言い訳をした自分は、少し名前ちゃんのいる芸能界というものに興味がわいていた。
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20121211up
20130525修正
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