間違いでも正解でもないけれど


雑誌をぺらり、劇場のもぎりの女の子がきゃっきゃと花を飛ばしながら私に見せてきたのは女性向けのファッション雑誌である。
見て!この人!やばくない?!
彼女にとってなにがヤバイのかは私にはわからないかったが、根本的にこの状況が少しばかりややこしい事は理解できていた。
そのページは、和服を着た色気のある金髪美女が載った新作のルージュの広告がどん、と見開きいっぱいに掲載されている。
その金髪美女が、実は男だというのがこの広告の目玉なのだがそのおかげで売れ行きは好調である。と報告は受けている。
性別を脱ぎ捨てろ。
そんなキャッチフレーズも大胆に達筆な筆文字が空を舞う。
着物に金髪、派手なメイクにヘアスタイル、そして男で、筆文字でルージュの広告で、
それは実に突飛で、見目麗しく、化粧品に興味深々の若い世代は面白いように食いついた。
美女の後ろには、影の様にオレンジの毛色の似た骨格の男性が同じように笑っている合成。
それがまた容姿の整ったものだから女性はその彼にいろいろな理想を重ねる。
間違いなく、今家で晩御飯の準備をしているだろうその人がそんな女性らを紙面をにぎわせているのだ。

「名字ー、お前転換忘れんなよ」

「下手なんで、大丈夫でーす」

「おうおう、余裕なこって」

控えスペースで煙草を吹かす上司が、けらけらと楽しげに笑う。
内心どきどきしてたまらない私とはまったくもって対照的で、くそと悪態をつきたくなってしまうものだ。
人気のあるタレントと恋仲となった人たちはこんなに日常がスキャンダラスになってしまうのか。
これでは、ただの同居人です。などという真実の言葉すら言い訳にしか聞こえないものである。
不意にスピーカーから聞こえてくるきっかけ音に雑誌を閉じて腰にガチ袋を下げた。
がちゃんと一度音をあげて跳ねてみては、足を踏み入れた袖はゆっくりと暗転していく。
無音、何も合図なしで上司が舞台上にあがり、セットをくるりと反転させて錘を乗せてまたハケる。
その間に私は、中央にでんと構えられていた張りぼての大木を抱えて袖に引っ込むのみだ。
時たま、前の方の席に子供がいれば、結構な大声で「誰かいるー」と言われることもあるのだが、今日はそんな声も聞こえない。
蓄光テープの小さな光と、袖から少し光って見えるペンライトを頼りに歩き、数歩中に入ったところで大木を下せば私の仕事は一旦終了となる。
舞台監督の指示で明転した舞台は、もう私が立っていた場所とは別物であるかのように芝居の続きが開始された。
舞台の裏と表。
暗く舞台上と操作盤の上と最低限の安全灯のみの空間の中で、がち袋を腰に携えたまま邪魔にならないセットの隅に座り込む。
ぼんやりと、空気をふっと吐き出していれば、控えスペースの方から上司が手招きをしているのが見えた。

「?なんすか」

「これ!これお前の彼氏じゃん!!」

これ、彼氏と目の前に出されたのは間違いなく先程まで見ていた雑誌の広告である。
ああ、すっかりと忘れていた、佐助さんがグウゼントオリガカッタあの日に私が帰る姿をニヤニヤ顔を浮かべて見送ったのはこの人であったと。

「違います。従兄です」

そして、先程までマスコミ記者会見よろしくどきどきと思案していた瞬間であるにも関わらずこんな冷静な返しが無表情でできるまで、精神的な成長をしていた事に自分で驚くほかなかったのである。

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20131214

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