自己、主張及び己の今生は


さあて、お仕事お仕事。
そんな事を言いながら、暗躍し人の首根っこを切り落としていたのが今は夢だったのかと思うほど今の生活は真逆といえよう。
雲伝の差、と表現した数日前の自分にはまさしく!と賞賛の声を浴びせたい。
モデルとはどんな仕事かようやく把握し、理解してきたと思う。
どうやら自分の出世の仕方は、他の者よりも幾分か早いらしくこなすようになる仕事の数ももらう名刺の数もたった一週間にして飛躍的なものだという。
そして、ついに世話になっている名前ちゃんが、仕事を辞める日が目の前に迫ってきた。
辞める事によって彼女の重荷になるのは間違いなく収入も何もない自分であることを理解するのは難しいことではない。
此処にきたばかりの頃、名前ちゃんの世話になるならないの話をしながらでた"ヒモ"という扱いなんて己の自尊心が危ぶまれる。
なんでも一通りこなせる自信があるのに、さして年齢も違わぬ女の世話になる。
素性も、何も明らかにされていない中で信用できる自分すら曖昧。
最終的には、身内まで紹介され、未遂ながらかぶさる手前までいってしまったのだから男がてら一生手に入れることなどないと思っていた自分の家を手に入れたような気さえしていた。
武田に入って随分と長く、自分が熱血漢なつもりもなかったのだが、
こんなところで男として女を守るべしとお館様の声が聞こえた気がした。
見学で仕事をしないかと誘いをかけられたときは、契約か、血判でもなんでもしてやろうと思っていたが、求められたのはただの名のみ。
一瞬猿と書こうとして咄嗟に名字と書いたのは無意識だったのかもしれない。
この世に猿飛佐助はもういないのだと、無意識に感じたのかもしれない。

仕事自体は難しい事もなく、性分にはあっていたのか愛想笑いさえ浮かべていれば調子のよい声ばかりかけられた。
まだひと月もたっていなければいくらもらえるものなのか、まったく知らない。
一週間すれば自分ひとりですたじおまで行けるようになり、数人の顔なじみもできる。
あまり、朝早く夜遅い名前ちゃんとはなかなか顔を合わせられなくなっていた。

「明日で終わりなんです。なんと!最後は佐助さんと一緒の現場」

「朝、一緒に出れる?」

「いやあ、それは無理でしょう。バラしはつかなくていいらしいんですけど、明日の最終チェックと外装建て込みは入りますし、五時過ぎには家でます。帰りは待ってますね」

そういう名前ちゃんは、明日から始まるふぁっしょんしょーの仕事を最後に今の職を失うのだという。
もうそんな時期だったのか、と思っていればもう自分がこの世界にきて一か月が過ぎた事が理解できた。
自ら職を手放すというのは自分のいた時代では考えられない事で、それを尋ねれば悔しそうに男性にはかなわないんですよ。と名前ちゃんは顔をへたくそにゆがめた。

「客席では見れませんけど、モニターで佐助さんの歩くの見てますね」

机に並んだ肉じゃがのジャガイモを頬張りながら、にこにこと笑う名前ちゃんに、俺はほんの少しだけ、ぞわりと胸の底がうずくのを感じた。

家庭なんていう希望を持てるのが、この時代なのかもしれない。

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20140405

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