聞こえなくていい、聞いていてほしい


明るすぎる場所に立つと暗くなった下は、何も見えなくなる。
そんな事、当の昔に教えられて知っていたはずなのに、まるであの世界の事を言われているように感じた。

「佐助くんお疲れ様っ」

「打ち上げいくでしょ?」

「さすけー!まじよかった!本当に初めてか?!」

賞賛される事に慣れたのは此処にきてからかもしれない。
あちらでは、お館様は逐一精進せよとうたい文句の様に言っていたし、それを大将に向かって言うものだから、従者である自分も同じことを言われているのだと理解していた。
精進せよ、佐助。ああ、懐かしい。

打ち上げに、と誘ってもらえるのはありがたいが、まだ食事だけは外で誰かととる事にはなれなかった。
食べる前に無意識に毒を探してしまうし、ほとんどのものが口に合わず味が濃くてたまらない。
こちらの酒は甘ったるくてどうにかなってしまいそうで、それもまた怖い。
誘いを断りつつ、裏口の方へとかけて行けば、名前ちゃんが角の手前でひとりでうんうんと唸っていた。
外に人、気付かれずに外に出ることなど、忍の主にとっては容易かろう。
楽しそうに笑う智将の影を浮かべる大将の声が聞こえてきた気がした。
外壁が高すぎるのであれば掘ればよい、下からもぐって逃げればよい。

どうしましょうかと悩む彼女は、加護欲をそそり昨晩必死に考え抜いた自分の気をさらに加速させる。
大将すんません。俺は、もう戦国の世には帰らない。
仕事として契約を結んだ瞬間から、まだどこかあちらには帰れる気でそれまでの糧として彼女を使おうと思っていた。
武田が為、国を主を守るため、命を張るような世ではない。
主以外と雇用を結んだ時点で、ある意味で言えば契約違反であり裏切りにあたるだろう。
彼女が仕事を辞める今日。
代わりに自分が彼女を養うべきではないのか。そう考えがいきついてからの自分は、俺様らしくはなかっただろう。
結論、俺はもうどっぷりと彼女のぬるま湯に頭の先までつかり、中身までもゆるく浸透しきっていた。

「名前ちゃん」

闇のバサラに包まれ、きっと彼女には何も聞こえていない。
ざわざわと耳元で風が舞う音のみの感覚。それは自分が初めて感じた闇のバサラの感覚だ。
腕の中にすっぽりと納まる筋肉質ではあるけれど小さな体。
辞めてしまうのを少し後悔してるのだろう、今朝から少しぼんやりする事が多かったように見える。
それほど、彼女の事を最近はよく見るようになっていたのだとしみじみ感じた。

「君を、好きになってもいい時代でよかった」

とぷんと、頭を出した先は通いなれた我が家であって。
電気もついていない部屋は月明かりに薄暗く、もう離してもいいのに抱きしめたままの君を、どうしても離してしまうには惜しく感じた。


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20140405

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