甘くてどうして


ハーレクインの様な甘美的な朝を迎えるわけでもない。
いい匂いのする空気を感じながら、いつもと少しだけ違う匂いのする布団から体を起こした。
普段ベッドのスプリングに慣れてしまっていたせいか、板間の布団は私には固かったようで背骨が痛い。
キッチンからおはよう、名前ちゃんなんていう佐助さんは上機嫌でフライ返しを持っていた。

「ん、おはようございます」

「ゆっくり寝てていいよ。朝ご飯まだできてないし」

「起きます、よう」

そう?という佐助さんに私はどう見えているだろうか、少し恥ずかしくて目が合わせられないので寝ぼけたふりをして洗面台のある風呂場までよたよたと歩く。
顔を洗えば幾分かしっかりとして、不意に昨晩を思い返し生娘が如く頬が熱くなるのがわかった。

「いつまでほっぺた触ってんの」

できたよ朝ご飯。呼びに来た佐助さんの言葉に慌てて部屋に戻ればいつも通りの朝の食卓が準備されていてほっといつもの場所に座り込んだ。
ほぐした紅鮭は色も綺麗で焼き目も美味しそうについている。
味噌汁は白ネギだけがぷかりと浮いていて、少し見える光の粒から、煮干しから出汁をとったのだと分かった。

「佐助さ」

いつものように美味しいですと、伝えようとすれば鋭い程のスピードでむにゅりと唇に指先がつく。
至極楽しいとばかりに笑うその顔に、ひんやりと背筋に何かが伝ったような気がした。

「さん。って、もういらないでしょー?」

当たり前のようにそう言えば、ほらほらと急かす手の動きに思わず目を見開いてしまう、確かに恋人としての関係が成立しているかもしれないが、私としてはまだ返答したつもりはない。
いや、佐助さんが嫌だと言うわけではないし、むしろこんな人が彼氏や旦那であれば自慢ものなのだろうが、いや飛躍しすぎた落ち着け私。

「もう一回、もう一回ちゃんとしときましょう!」

箸をおいて正座をし直してみればきょとんとする佐助さんが軽く首をかしげて見せた。
そういえば、今まで付き合ってきた人の中であんな風に必要とされてというのはあっただろうか。
ない、まったく記憶にない。

「佐助さん」

「なあに?」

「私と付き合うって事は、戦国時代を捨てる事だって思ってますよね」

「…うん、そうだね」

少しばかりトーンダウンする佐助さんの頭にくしゃり、手を伸ばした。

「昨晩も言いましたが、捨てなくていいです。今此処にいるのは、その時代があった佐助さんなんですから。否定しないでください」

ね。と私はかわいらしく語りかけられない代わりにまた佐助さんの髪をくしゃくしゃと撫でた。
猫のようにその手にすりよってきた佐助さんは、目をきゅっと細めて小さな声で呟いた。

「名前は本当に、甘いんだから」

佐助は私に甘えただから、なんて口に出せるわけもなく。


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20140210

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