忘れん坊と勿忘草と
じりじりと、北上したはずであるのに熱気がすごい。
夏なのだから当然だろうが、地球温暖化もそろそろ休憩に入ってもらいたいものだと思う。
軽装で、とあまり荷物を持たないようにとしてきたが、二人分の二泊分の衣類は少しばかり量がはった。
「重いなら持つよ?」
「いいの、すぐ預けるし。まだ筋肉の衰えは感じない」
「わーかっこいいー」
何故キャリーバッグにしなかったのかと思うものの、ボストンバッグの方が階段なんかは楽だとわかっているからであるのだが、油断したかもしれない。
ひょいひょいと先に歩む佐助さんは、普段の変化の顔とは少しばかり違い顔素材はそのままに髪型とメガネで名字佐助という存在をごまかしている。
もっとも、最近気が付いたのだが佐助さん自身が見られていると気づくのが本当に早く対処ができる為、キャー!モデルノサスケクンヨー!とはならないのである。
ありがたい限りだ。
「荷物の鍵、私のバッグに入れてます。此処に、入れますんで!」
ボストンバッグを駅中にあったロッカーに預けて簡素な鍵を佐助さんに見せながら鞄の内ポケットに突っこんで見せる。不思議そうにしてくる佐助さんが軽く首をかしげた。
「なんで俺様に言うの?」
「佐助さんにも覚えといてもらわないと」
「?名前が覚えとくんでしょ?」
「私が、鍵どっかいったって言うのを防ぐために。二人で覚えとけばいいでしょう?」
「ああ、忘れんぼさんだもんね」
少し小馬鹿にしたような物言いを聞きながら、差し出された左手に少し淀みつつ軽く握り返す。
恋人同士とはこんな甘い関係だったのかとしみじみ感じる。
さあ、行こうと片手に持ったB5サイズの観光ガイド誌に目線を落としながら歩きだす佐助さんの歩みは軽い。
「なんだろう、この気持ち不思議」
声は軽く照れくささを含む分、どこかぎこちないような気がした。
周囲の人も観光地故かあちらこちらにきょろきょろと目印を探しては立ち止まる人が多く、それに比べて佐助さんの足取りはまっすぐ迷いなく上田城の方へと向いていた。
城の屋根がちらりと視界の端に見え、私が気付いた時にはすでに佐助さんはそれを眼中におさめていた。
正式な名前は私にはわからないが、佐助さんはその屋根が見えた時に一度だけ立ち止まり懐かしむように小さく言葉を紡ぎだす。
出会ってから私はあまり佐助さんの事は詳しく知ってはいない。
彼が話してくれないせいかもしれないが、私から詳しい事を追求しないのも原因だろう。
私は立ち止まったまま佐助さんからぽつりぽつりとこぼれる言葉の続きを待った。
「此処に、老夫婦がやってる小さな茶屋があって。そこの団子がうまいんだ」
いつも買いに来てた。と続く声は、思い違いかもしれないが少し水気を孕んでいた。
そんな顔させるつもりは無かったのに、なんて私は偽善的で甘いのかもしれない。
旅行に来るまでは、城内に入れるならば記念に入っておきたいと思っていたが、上田城の全貌が見えた時点で一歩たりとて佐助さんは近づいてはくれなかった。
入ってみよう。などと軽口すら叩けない。
ぎゅっと手を握られて、泣いてるのかと錯覚しそうになった私は、こんなところに連れてきてしまった事を少しずつ後悔し始めていた。
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20140225
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