うつりゆけ、感情


一か所めぐってすぐに宿屋へ。
久しぶりに畳もいいだろうと二人で選んだ旅館は、小柄ながらに十分な造りで安心した。
出発したのが朝で、昼すぎについてそのまま上田へ。
あちらとはまったく違いながらもどこか此処が田畑で、ここからが市で、とわかってしまうあたりからすでに感傷に浸っていたのかもしれない。
上田城の全貌を見た瞬間、柄にもなく泣き出したくなった。
旦那や御館様はどうなったのか、天下は、徳川がとったとしても彼らはどんな最後を遂げたのか、自分が居なくなってから、どう、衰退していったのか。
考えずにはいられず、当初予定していた順路とは大幅に変更して足早に城から離れた。
移動中のタクシーの中で、視線はずっと見え隠れする城のカケラばかりで、隣で何も言わずに手だけを握りしめてくれている名前が居なければ、きっと内心穏やかに宿にはたどり着けなかっただろう。

宿の大きな窓を開いて、窓枠に腰かけてみれば、少しばかり涼しく感じられるやわい風が頬を撫でた。

「…ごめん」

座布団に座って突っ伏していた名前から唐突に謝罪が浮かぶ。
何が?と問いかけずとも、何を謝っているかなど簡単にわかるものだ。

「何?無理やり連れてきてごめんって?」

「…佐助さん、泣きそう」

「泣いてないでしょ?ほら」

見てごらんと、名前の顔を持ち上げる。
自分の貼り付けて作りきった顔とは反対に、名前の顔はこぼれんばかりの涙で潤んでいた。
初めて見る泣き顔がこれか、と胸が痛み、同時に泣けぬ自分の代わりに泣いてくれと願う。
指先でぐいぐいと拭ってやれば、痛いのだろうか表情をゆがめるものの抵抗はしない。
優しいね、と声をかければ伸びてきた手が俺の頭をぽんぽんと撫でた。

「佐助さん、明日のお墓参りはやめましょうね。代わりに、昔の甲斐のいろんな場所教えてください」

「うん、…ごめんね」

城を見ただけでこんな感情に襲われるとは思っていなかったなんて言い訳なのだろうか。
現代とは似ても似つかぬ風景と懐かしい風景を重ね、それですら息が出来ぬほどの苦しさを感じているのに。
生きている内に守るべき主君の墓を見る等、耐えられる自信はまったく無いのだ。


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20140711

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