出迎えて、また、ただいまと


それは、唐突におきて現実を知らしめた。
朝食の用意をしようと冷蔵庫をあけて首をひねる。
食材も少なくなってきており、買い出しに行かねばならない事は明白だった。
今日明日はもったとしても、三日後から食べ物は底をつくだろう。

弱り切った名前を外に出させるわけにはいかないとなれば買い出しに行くのは自分しかいない。
阿藤さんにはただ、『大人しくしていてくれないか』と二日前にメールがきたっきりである。

「ご飯食べたら、ちょっとスーパー行ってくるね」

少し心配そうな名前にそう告げて、簡単な朝食を片付ける。
もう時刻は11時。
昼食といってもそう変わらない時間だが、なかなか寝付けないせいで生活リズムが少しずつずれてきている名前には、これを朝ごはんと呼ぶにふさわしいだろう。

ジャケットを着こみ、外出用に顔を変える。

最近はもっぱら真田の大将の顔ばかりでいたが、名前いわく弟みたいなのだというから少し複雑ではある。
外に出てみれば、少しばかり甘い花の匂いがして、スンと一回だけ鼻を鳴らした。

何も、できはしなかった。

気付いた時には、上田城の端でごとりと鉢金が地面にキズをつけた後で。
どこだ此処は、なんて馬鹿げた発想すら浮かんだ。
見知った景色である、見慣れた景色である、あれほどまでに望んだ景色である。

「上田…?」

遠くのほうで自分の名を呼ぶ主君の声がした。
足を運ばねばならない、しかし体が重く、そして少しだけツンと鼻に先程嗅いだ匂いとは違う、サビがかすめた。
白昼夢なわけがない。
確かに自分は、あの世界で彼女と共に生きることを決め、この世界を捨てたはずである。
今更、なにもこのタイミングでこちらに飛ばさずともよいのに。
ぎちり、と鈍く手甲が音を鳴らした。

音に気付いたのは、ざわめく人ごみの中。
まわりで観光客もパチパチと写真は撮っていた、が、その音だけはずんと自分の耳を銃弾の様につんざいだ。
睨み付けた先の男はそそくさと逃げていき、ああ、この世はなんて技術を持っているんだと半ば自暴自棄になってしまった。
阿藤さんからの着信。
なれない受話器を取ってみれば、なんて事を…と嘆く声だけが聞こえてきた。
ごしっぷし。というのは、まだ自分ではどんなものかもわかっていなかった。
しかし、名前は言う。
デビューしたての若手に熱愛なんてご法度なんだと。
私が佐助さんの仕事をめちゃくちゃにしてしまうと。
ごめんなさい。と何度も何度も名前が悪いわけでもないのに謝罪を呟いた。
帰宅して、知らない奴らに囲まれて、そこでやっとこの実情の恐ろしさに気付いた自分の鈍さに苛立ちすら感じたものだ。
名前は出されていないものの、名前はまるで見世物小屋の猿の様に祭り上げらる存在となっていた。
そんな彼女を、守らなければと、支えていかなければと…

「…くそ!!」

なぜ、今、彼女から離れさせられるのか。
少し近くなった主君の声をBGMに、唇から伝った血の味が口の中いっぱいに広がった。

もう一生、あの場所には行けないのだと。
頭のどこかでわかってしまっていたのだろう。

一人で帰りを待っているだろう名前にただいまが言えない。

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20141212

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