よびすて


ぼんやりと外を見上げて、白くならなくなった息に目線を向ける。
厠は行く途中なのか下級生がこちらを見てくるが、そうそう私は気にする女ではない。
ねむい。ただそれだけで太陽の光がここちよい此処にいるのだ。

「貴女は少し忍たま長屋に居る事が多いですね」

上から覗き込んでくるくりんとした大きな瞳に口端だけをあげて笑い返す。

「くのたま長屋の廊下は、こうやって太陽の当たる時間が此処よりも短くてね。大丈夫。学園長先生にも山本シナ先生にも許可をもらっているよ」

「そういう問題ではないのです。先輩は就職活動などしないのですか?もう卒業の時期ですが」

「おあいにく様。私は嫁ぎ先が決まったただの行儀見習いだ」

「おやまあ。先輩に貰い手がいたのですか」

「居るさ。しかし、六年間も忍術を学んだ女だ。あちらさんも少々悩まれただろうな」

既に清らかでは無い血と土の匂いが染み付いた自分の体に向けてけらけらと笑って見せる。

「その男が、先輩は好きなのですか?」

「いいや。好きでも嫌いでもない」

私は嫁にもらってくださる方の素性もぼんやりとしか理解していないのに行き送れなどになる心配はもうない。両親の肩の荷もやっと降りるだろう。

「喜八郎」

「はい」

「私は、卒業したら自由がなくなってしまうのが恐ろしいよ」

「はい」

「今のまま、鍛錬や友人と町に出たりしていたい」

「はい」

「喜八郎…」

「はい。先輩」

「私を埋めておくれ」

埋めて私を学園の中にとどまらせておくれ。
喜八郎を見ればいつもと変わらぬきょとんとした表情で私を見ている。
否定も肯定もしない、迷っているわけでもないその表情は私を暗に追い詰めていく。

「先輩」

「…すまない喜八郎。今のはただの戯言だ」

「先輩は、私の掘る蛸壺はお好きですか?」

「…」

「私は、掘るのが好きです。埋めるのは好きではありません」

「ああ、知っているよ」

「しかし、貴女が埋めろといのならば埋めてさしあげます」

喜八郎は、私の顔から目線を外して気にする様子もなく言葉をつむぐ。
まるでそれは独白で、誰に聞かせるでもないただの独り言のように

「先輩はもう卒業してしまわれるのですね。此処に来ることももうあと数回だろうなあ。ああ、もう私と話もできなくなるのですね…先輩、ねえ 先輩。私は貴女を初めて見たときからお慕いしております。」

ご存知でしたでしょうに、性根の悪い方だ。喜八郎が、ふわりと眉間に皺を寄せたまま器用に笑んだ。

「喜八郎、三禁だ」

「おや、潮江先輩のような事をおっしゃる」

「私が外に出れば夫婦になる相手も私も忍ではない」

「では、ここを出て忍ではなくなる先輩と私が忍にならなければ問題ないでしょう?」

隣に座り込みこんと額を肩に当てて地面に向けて喜八郎は続ける。
この子は、今にも大粒の涙をこぼしかねないほどに瞳を潤ませている。

「喜八郎、私は幸せ者だな」

「それはどうでしょうか」

「幸せ者だよ。こうやって想ってくれている人が居るというのは、凄く幸せな事さ」

喜八郎の柔らかな髪を撫でてやれば、ふんわりと土の香りが鼻をかすめた。

「喜八郎。君は私をずっと一等好きでいてくれるかい?」

「もちろんです」

「ならば、私は嫁ぐのを止めよう。君が卒業して私を迎えに来てくれるまで、フリーにでもなって生活をしようか」

「はは、悪い冗談だ。貴女は、私を誑かしたいのでしょう」

「冗談?私が喜八郎に嘘をつくものか。父上も二度目の私のワガママだ、きっときいてくれる」

あの人は、私には一等甘いから。
初めて言った忍術学園に通いたいという願いも聞き入れてくれた。
両親が心配しているのは、私に嫁ぎ先があるのかという事だろうし貰い先が決まっていれば文句もないだろう。

まん丸にした瞳を私に向けてくる喜八郎は、わけがわからないとばかりにぺたぺたと私の頬を数度なでた。

「本当に私の妻になってくれるのですか?」

「嘘はつかないよ、喜八郎。喜八郎がよければ私を貰っておくれ」

その日の内に、家には婚儀についての謝罪の文を送った。
城付きにはもちろんなれず、フリーとして仕事をしていく。
名もそれなりに売れ、卒業してからの二年間を一人である事を忘れる様に必死に働いた。
ある日、手元にきた喜八郎からの卒業したという連絡と日取りがくれば私は急いでそれまで世話になった人に連絡をとり、忍を辞めた。

小さな村の外れに家を構え、太陽の心地よさを味わいながら縁側に座る。
学園にいた頃とは少し違うが、あの場所のように居心地がよくぼんやりと睡魔が掠めた
家の入り口にカサリ、笠を被った男が現れたのはそのすぐ後。

「なまえ、ただいま」

名前を呼ばれるなど初めてだったから、私はあなたと照れくさく呟き相変わらず土の匂いのする体へと駆け寄るのだ。


end
20120425

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