夜光虫


草木も眠る丑三つ時。
月の無い新月も星がはっきりと見えるのであればいいものだ。
学園の隅にある倉庫の屋根に登り、夜食にと作った握り飯を頬張りつつ今日はあとマラソンと筋トレで終わっておこうかと水筒に口をつける。

「君は毎日こんな時間まで自主トレかい?」

不意に耳元を風がそよぎ、楽しげな声が後方の学園敷地内から聞こえた。
反射的に水筒を投げつけ胸元から取り出したクナイを構え体をかがめる。
誰もいない、などと油断も出来ない神経を研ぎ澄ませば構えていた方向とは逆の、学園を囲う塀の上にスラリとした黒い忍装束が見えた。

「おっと、違う。私は君が考えている侵入者じゃあない」

「…ならば何者だ。此処に何の用がある」

「君に会いに」

口布を外しながら呟かれた台詞に眉を寄せる。
見えた顔と唇の形と骨格から、女性であるとわかればより一層体が警戒を強めた。

「君は毎日ギンギンと言いながら鍛錬しているだろう?私はそれが気になってね、話しかけてみようと行動に移したのだよ」

「嘘くせえ」

おや、そうかな?と塀に座りながらくすくすと喉を鳴らすくの一は、続けて武器を置けと手をこまねいてみせる。

「殺気を出さないでおくれよ。私本当に君に会いにきただけなんだ」

困ったように眉を垂らし、くの一は空を見上げてふぅと柔らかい息を吐き出す。
全く戦闘の意志は無いらしく、ゆるゆると流れる空気に構えを崩し投げて地面に転がっていた水筒を拾う。
再度屋根に戻ってもくの一に変化はなく、ただ相変わらずぼんやりと空を眺めていた。
変な奴だ、と警戒が僅かに緩んでしまいそうになる。
不審者に変わりないその女は、ゆっくりと手を伸ばし一点を指差した。

「あの一番星の横にある星、君の目に似ているね」

「バカタレ」

「本当だとも。地上にいるから蛍か。違うな、夜光虫だ」

とても綺麗な目だね。と細められた彼女の瞳はじっと俺を捕らえる。
どこの忍だとか、本当は何が目的だとかそういった疑いの思考が馬鹿らしいとすら思わされた。
本当に、馬鹿らしい

「さっさと帰れ、俺はもう寝る」

「なら帰る。君がまた鍛錬してる時にまた来よう」

ひゅるりと一陣の風が舞い、ふざけた言葉を残し消えた女の居た視界にまた夜が訪れる。
あと何刻かすれば日がのぼるだろう、キラキラと輝き続けている星空に視線を向け残っていた水筒の中身を喉に流し込んだ。


end
20120705

変換なし
どこかの忍ヒロインさんは、仕事の途中に聞こえた声が気になってました。っていう
年上ヒロインかなーと思ってます。


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