針ナシ、餌ナシ
波打ち際で座り込み、足先に海水と細かい砂が絡みつく。
浅瀬に向かって竿を放っても、しばらくすれば波打ち際に浮子代わりにつけた枝が打ち上げられる。
釣れやしない、シケた海だ。
「またきたのか」
着物や髪に砂がつくのも気にせず太陽に体を晒していれば、体格とは違い白く綺麗な肌をした男がニカリと馬鹿にしたように笑う。
ああ、こいつもまた逃げたのかと体を起こして相手に向き直った。
「釣れないんだけど、この海の魚はアンタが取り尽くしたのかい?」
「針も餌もつけてない釣竿使って文句かよ」
女が髪に砂なんかつけてんなと、男の少し荒れたがしりとした手が髪を撫でる。
パラパラと砂地に落ちる粒を自分でも軽く払いつつ、男に目線を移すときょとんと見えている右目を丸くしてから首を傾げた。
なんでもないと首を振り、立ち上がって軽く頭を下げる。
仮にも彼は国主だ。
「執務終わって無いんでしょ?」
「お前までそんな事言うか?お互い様だろわざわざこっちまで従者もナシで」
「こちらは平和だよ。父上が今頃せっせと筆を動かしているさ」
「おひいさまが西海の鬼んとこに通ってるんじゃ平和じゃねえなぁ」
嫌みか?と問えば本音だと腕を引かれる。
着物から香る潮の匂いは、同じ陸続きの人間でありながらどこか違って感じられスンッと鼻を通した。
逢い引きなどではない、ただの隣国の様子見だと誰が勘違いする要素があるだろうか。
抱き合うその姿はどう見ても恋仲であり、仲睦まじい。
「今日で最後なのだ、元親。私の嫁ぎ先が決まってね」
「…ああ、聞いた」
「流石に早いな。うん、だからもう私がここで釣れない釣り糸を垂らす事もないさ」
静かになるだろう。という言葉を飲み込み、ほったらかしたままだった竹の釣竿を拾い上げる。
一見陳腐に見えるそれもよく見れば細部に細工があり、上等の品に違いない。いくつもついている傷を指先で撫で、もう一度。と、沖に向かって餌も針もついていない浮子だけの糸を力いっぱい放り投げた。
「これで、最後。だからちょっと何か釣れるまで此処に居させておくれ」
返答も聞かずに座り込み、また足先に海水と砂の感触を感じつつ浮子を見つめる。
随分と遠くに浮かぶ浮子は、波と同じリズムで変化なく揺れているのみ。
後方から彼が一歩こちらに近づく足音がした。
「こりゃ一生食いつく事はないな」
「なら一生此処で糸を垂らす事になるよ」
「此処になまえがずっといるならそれでいい」
「…私は、それがいい」
あなたの側以外になど行きたくないのなんて可愛らしい姫にはなれないから、私は汚く顔を汚しこすりながら竿をぎゅっと抱え込んだ。
end
20120709
元親様と隣国の姫
両思いですが、姫は国の道具としていつかどこかに嫁がなければいけず嫁ぎ先が決まってもう会えないならばと城を捨てました。
口がちょっと悪いのは、四国の女である事に加えて元親様の影響
きっと、釣れなくても彼女は自国に連れ戻されてしまうでしょう[
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