私の神様
勢いに任せて駆け出してみれば、あっという間に現在地などわからなくなった。
先ほどまで共に遊んでいた子らの姿も見えず一瞬ぶるりと体が震える。
寒気がおこるほどか?と周囲を見渡してみれば、なんてことない。
雷で爛れ折れた大樹としなだれた柳の木がゆらゆらと月夜に照らされ風になびく姿のみ。
「かかぁ…っ」
虚勢を頭ではろうとも漏れるのはなんともだらしのない母を乞う言葉で、わずかに目尻に湿り気が溜まるのを感じる。
ここがどこなのかもわからず人影もない。
こんな所で野犬や夜盗に襲われでもしたら命は無いだろうという恐怖に、思わずその場にしゃがみこんだ。
「かか…っおら…死にたくねえよ…」
どんどん弱気になる心情を抑えつけるように両手で肩を抱き抱え、目線をゆっくりと月に向ける。
あいにく、父も母も出稼ぎにでて家に居るのは腰の悪い祖母とまだ4つになったばかりの弟しかいない。
二人が私を探しにくるなど考える事もできず、浮かぶのはこのまま飢えて体力が無くなったところを生きたまま食われる自分の末路。
想像しかできないそれは、もやもやとただのしかかってくる。
「おやおや、こんなところで…泣いておいでですか?」
気配も無く聞こえてきた声は背のすぐ後ろからで、思わず後ずさりつつ見上げる。
白く長い髪に切れ長の瞳から視線が己へと降りかかりその白い肌に線を引く口元がつり上がった。
「男の子かと思いきや、…こんなところにいてはすぐに死んでしまいますよ」
もちろん、視界に対になった大鎌も見えていた。
わずかにその切っ先に赤い汁が垂れるのも、月明かりではっきりとではないが目は読み取る。
しかし、脳内に先に入ってきたのは昔母に聞かされていた御伽噺の内容で、それは恐怖というよりも神々しく感じならなかった。
「…神様だ…」
「くくっ、私を神と?」
「かかが言ってた。神様は人に見られちゃいけねえから夜の月明かりの下でしか見えねえって」
髪も、大鎌も、すべてが淡い光でゆるゆると煌めき現かどうかとも曖昧な存在。
「きらきらしてる…綺麗だなあ」
だからこそ、私は彼に恐怖など抱いた事が無い。
「置いていきますよ、なまえ」
あれから幾年が過ぎたろう。
家族を捨てた私は、光秀様に添うように傍におり彼の殺戮の場面を幾度も目の当たりにした。
しかし、光秀様は私に切っ先を突きつけた事など一度たりとて無く、いつも後ろの私を気遣う。
優しく、美しい。
「はい!光秀様、今すぐに!」
彼は太陽の下でも儚く消えぬ強い神。
end
20121017
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