3

騎士団に入団してからの僕の見習い期間は、想像以上に厳しいものだった。
いや、厳しいなんて言葉では生ぬるい。
もはや過酷と言ったほうが正しいかもしれない。

他の見習い騎士達と同じ訓練を受けるどころか、僕には約束通り特別な課題が次々に与えられた。
朝は誰よりも早く起き、騎士団の武具を手入れする。
昼は倍の回数の剣の素振り。
夜は遅くまで体力を削る鍛錬。
他の団員達が休んでいる時間も、僕だけは次の訓練に駆り出された。


「おい、新入り!その程度の腕で本当にお嬢様を助けたのか?」


訓練場で大剣を担いだ騎士が、冷ややかな視線を向けてくる。


「すみません。もう一度お願いします」

「何度やっても変わらねえよ。見習いごときが騎士団に入れると思うなよ」


騎士年数の長い他の団員達にそう言われるたび、僕は何も言い返せなかった。
今は言葉よりも、行動で証明するしかないと分かっていたからだ。

騎士団の中にはまだ僕を完全に認めていない者が多かった。
セラの言葉で何とか見習いの立場を得られたとはいえ、それは単に試験期間のようなもの。
一歩間違えれば、すぐにでも追い出されるだろう。


「総司、まだ立てるか?」


訓練場の隅で、団長の左之さんが腕を組みながら僕を見下ろしていた。
目の前には打ち倒された木剣が転がっている。
何度も立ち上がって挑んでは、また何度も倒される。


「はい」


ふらつきながらも剣を拾い上げると、左之さんが薄く笑った。


「いい根性してんな。だがそんな生半可な腕じゃ、俺は認めねぇぞ」

「わかってますよ」

「だったら、もっと必死にかかってこい!」


瞬間、左之さんの木剣が迫った。
防御の構えを取るけど、重い。
まるで鉄の塊を叩きつけられたような衝撃に、また膝をつきそうになる。


「遅い!」

「……くっ!」


それでも歯を食いしばって踏みとどまり、剣を振るった。
何度倒されても、何度でも立ち上がる。
それしか、僕にはできなかった。


そしてそんな日々を過ごすことニ週間。


「最近、随分鍛えられてるみたいじゃん」


食堂で食事をしていると、僕の隣には平助が腰を下ろした。
平助とは入団してから少しずつ会話を交わすようになり、今では気さくに話せる相手になっていた。


「まあね。毎日が試練みたいなものだよ」

「ははっ、確かにお前だけ妙に扱いが厳しいもんな」


平助は笑いながらパンをかじる。
昼食の時間が終われば、また地獄のような時間が始まるから思わずため息を吐き出した。


「セラが推薦したってだけで、周りは警戒してるんだろ。お前が本当に騎士としてやっていけるのか、試されてんだよ」

「わかってるよ。でもさ」

「でも?」

「負けたくないんだよね」


僕がそう呟くと、平助は少し驚いたような顔をした後、にかっと笑った。


「そう思えるなら最高じゃん!俺はさ、お前のこと嫌いじゃねーし、むしろちょっと応援してやりたいって思ってるんだ」

「はは、ありがとう」

「ま、でも無理はし過ぎんなよ?セラも心配してるんだからさ」


その名前に僕がつい反応して顔を上げてしまうと、平助がにやにやしながら僕を見てきた。
何かを話したくてたまらない様子だ。


「ほら、この前騎士団の練習場に様子見に来てただろ?その時、お前が扱かれてるのを見てこんな顔してたんだぜ」


平助は大きな目をきゅるんとさせて、眉を下げて唇を尖らせた。
それを見て僕はつい顔が引きつる。


「セラはそんな気持ち悪い顔しないと思うけど」

「なんだよ、それ。本当にしてたんだって」

「ていうかあの子が来てたこと、知らなかったんだけど。なんで教えてくれなかったのさ」

「いや、だってお前左之さんと超真剣に稽古してただろ?話しかけられねーよ」


そういえばあの時は無我夢中で稽古に集中していて、周りの様子を全然見ていなかった。
あの子に会えなかったのは残念だけど、こればかりは仕方がない。


「無理し過ぎないようにって言ってぜ。稽古が終わるのをずっと見守ってたしさ」


その話を聞いて、胸が少し温かくなるような変な気分になる。
セラがそんな風に思いながら僕を見守ってくれていたのかと思うと、どうしても満更でない気持ちになってしまうみたいだ。


「つーか、なににやけてんだよ」

「んー?別に?」

「言っておくけど、セラは皆に優しいんだからな。総司にだけ特別だとか思うなよ」


指を刺されてそんなことを言われても困るけど、セラが本当に僕のことを少しでも気にかけてくれているなら、こうして辛い毎日を過ごしていても報われる気がする。
そしてあの子の期待に応えられるように、もっと頑張らなければならないとも思った。


「あ、伊庭君じゃん!おーい!」


平助が手を振ると、食堂の入り口から見たことのない一人の団員がこちらにやってくる。
思えば昨晩、近藤さんが遠征から帰ってきたらしい。
近藤さんに付き添っていた団員たちが戻ってきたことで、食堂や練習場はいつも以上に多くの騎士達で賑わっていた。


「こんにちは、平助君」

「おう!伊庭君も遠征お疲れ様。どうだった?」

「いつも通りですね。何事もなく終わりましたよ」


笑顔で言葉を交わす二人はそれなりに親しそうに話している。
その姿を横目に食事を続けていると、不意に平助が僕に声をかけてきた。


「総司は会ったことねーと思うから紹介するよ。この人は伊庭君。めっちゃ強いんだぜ」


身長は僕と同じくらい。
整った顔立ちをした目の前の青年は、伊庭八郎ですと名乗ると僕に右手を差し出してきた。


「宜しくお願いします、沖田君」

「宜しく。僕の名前知ってるの?」

「ええ、先程他の団員から君の話は聞きました。凄い経緯で入団されたんですね。誘拐されていたセラを助け出したと窺いました」

「別に、そんな大した話じゃないよ」

「凄い話だと思いますよ。騎士団があれほど手を焼いていたのに、沖田君一人で助け出せたなんてとても信じられません」


言い回しこそ柔らかいものの、彼の話し方は明らかに僕を勘繰っている様子だった。
終始笑顔のところも気に食わないけど、ここで揉め事を起こすわけにはいかないし僕もにっこり笑顔を返す。


「沖田君は、セラの見張り役だったんですよね。一体どのような心境の変化で彼女を助ける気になったか是非教えて頂きたいです」

「別に心境に変化があったわけじゃないけどね。仕事内容を知らずに引き受けただけで、あの子を傷付けるつもりは元々なかったよ」

「でも四日間見張りは続けていたわけですよね。何故もっと早くに彼女を助けてあげなかったんです?」

「僕は組織の人間じゃなかったし、身代金を貰った後は解放するって聞いてたんだ。だから大人しくしてただけだけど」

「成る程。ですが最終日に君が運良く彼女を森に連れて来て下さって良かったです。騎士団が森の捜索を行っていなければ、セラは助からなかったかもしれないですから」


伊庭君は、セラが助かったのはあくまでも僕の力ではないと言いたいらしい。
交戦的な瞳で、ただ真っ直ぐ僕を見つめていた。


「そうだね」

「それにしてもセラも何を考えているのでしょうか。たとえ見習いだとしても、誘拐に関与していた人間を騎士団に招き入れるなんて。最初聞いた時はとても信じられませんでしたよ。君は一体どんな手を使ったんです?」

「どんな手も何も、ただセラが僕の腕を認めてくれただけだけど?」

「腕の立つ者でしたら、ここの騎士団には溢れる程いますよ。まさか彼女を脅したりしていませんよね?」

「……は?」

「なあ、伊庭君。どうしたんだよ。なんかやけに総司に突っかかってるけど、機嫌でも悪いのか?」

「いえ、別に。ただ普通に考えておかしいじゃないですか。気まぐれに助けただけの誘拐犯に、そこまでする必要がありますか?」

「いや、でもセラも言ってたぜ?総司がいたから地下室から出られたし命も助かったってさ」

「本当にそうなのでしょうか。セラや公爵家に近づくために、全て沖田君が仕組んでいた可能性だってありますよね」


言われて初めて、そんな考え方も出来るのかと苦い気分になる。
あの状況を見ていなかった人からすれば、結局僕の存在は後ろ暗いものでしかなく、やっぱり強くなることでしか自分の存在を正当化できる術はない。
それなら絶対誰よりも強くなってやると、伊庭君を睨みつけていた。


「なあ、二人してそんな怖い顔しないでくれって」

「すみません、つい。ですが、セラに変な虫がつくのは見過ごせませんから」

「……今、僕のこと虫って言った?」

「言葉の綾ですよ」

「そもそも君……伊庭君だっけ?そんなこと言ってて、僕より強いのかな。これで僕に負けたら、君の面目丸潰れだよ」

「僕が君に負けるとでも?聞けば、沖田君はただのごろつきだったそうじゃないですか。剣術もろくに嗜んでいない人に、僕が負けるわけありません」

「へえ、そう。じゃあ今度君の相手をしてあげるよ」

「望むところです」


伊庭君は言葉遣いにしても育ちの良さそうな雰囲気にしても、理想的な騎士なのかもしれない。
だからこそ剣の腕だけは負けたくないという強い想いが胸に宿った。
僕はまだ見習いの立場で、剣術や体術は勿論、礼儀作法なども学んでいる段階だ。
だから今はまだ周りと剣の腕を比べる機会が持てていないけど、いつか絶対負かしてみせる。
そう意気込んで、午後の練習にも精を出す僕だった。


- 13 -

*前次#


ページ:

トップページへ