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学院では予定通り入学式が開かれ、前回同様先生方の長い話に欠伸を漏らす。
前の時と違うのは、最前列に座るセラの横に僕も腰掛けていることくらい。
姿勢よく座る彼女は、凛とした雰囲気を醸し出しながらも、その表情からはとても緊張していることが窺えた。


「だいぶ緊張してるね」

『うん……。私、上手く話せるかな』

「大丈夫だよ、絶対上手く出来るから」


以前の様子を思い出せば、何も心配することはなさそうだけど、当の本人はそれを知らないわけだから兎に角心配しているらしい。
自分の順番が近付き舞台裏に行くことになると、何度も深呼吸を繰り返していた。


「はは、緊張し過ぎ」

『じゃあ総司が代わりに話してもいいよ?』

「駄目だよ、首席は君でしょ?ちゃんと自分の職務は全うしないとね」

『分かってるもん』


誰もいない舞台裏、直ぐ先の舞台では誰かが光を浴びて一生懸命話している。
小声で話す僕達はカーテンの隅に隠れて、順番を待っているところだった。


「そんなに緊張するなら、僕も一緒に舞台に出てあげようか?」

『ふふ、喋らないのに横にいたら変な人だと思われちゃうよ』

「じゃあセラの考えたこの文を、一行ずつ読んでいくっていうのはどう?」

『あ、それいいかも。じゃあ総司も引っ張って行くね』


悪戯に笑う笑顔を見て、少しでも緊張が解れてくれたらいいと思う。


「緊張しなくなる方法があるんだけど、知ってる?」

『ううん、知らない。どうすればいいの?』

「じゃあお祈りしながら目閉じてみて」


可愛いらしく言われた通りにするセラに見惚れて、一度周りを確認して。
身体を屈ませると、小さな唇にほんの一瞬だけ唇を重ねた。


「はい、これで大丈夫だよ」

『い、いまっ……』

「あ、前の人終わったみたいだ。次セラの番だね」

『え?』

「ほら、行っておいで」


軽く肩を押せば、少し恨めしげな顔で僕を見てそのまま舞台へと歩いて行く。
僕のせいなのか若干顔が赤くなってしまったけど、舞台に上がり堂々と正面を向くセラの横顔はとても綺麗だった。

前回は客席から見ていた彼女のスピーチも、舞台裏から見るとまた違って良い。
あとで沢山褒めてあげようと考えながら、脇目も振らずにその横顔を眺めていた。

そして無事演説が終わり、僕の元まで戻ってくるとようやくホッとした笑みを浮かべている。
何故か僕までやり切った感を感じてしまうから不思議なものだけどね。


「とても良かったよ、君の挨拶。頑張ったね」

『ありがとう。総司が横で見守ってくれてると思ったら安心して話せたよ』

「あのおまじないのお陰かな」

『……もう、あれ何だったの?総司のせいで最初頭が真っ白になっちゃったんだけど』

「ごめんね。しかも先生に見られちゃったみたいでさ、君の演説中に叱られちゃったよ。セラもあとで教務室に来なさいって」

『え、どうしよう……もしお父様に連絡がいったら……』

「なんてね。誰もいなかったから大丈夫」


慌てていたと思ったら目を見開いて固まったセラだけど、嘘だと分かると少しムッとした表情を浮かべて顔をふいと横に逸らした。


『もう総司なんて知らない……』 

「はは、ごめんってば。そんなに怒らないでよ」


他愛ないやり取りをしながら席に戻り、再び楽しいとは言えない他の人の挨拶を聞く。
途中、前回の教室での出来事を思い出しながら、余計なことが起こらないよう願うばかりだった。


「あー、疲れた。入学式って無駄に長過ぎじゃない?」

『ふふ、お疲れ様。長い間ちゃんと静かに座っていられて偉かったね、総司』

「なに、その子供扱い。僕だってこのくらい我慢出来るよ」

『そうなんだ?成長したんだね』

「君は僕をどういう目で見てるのさ」


先程の仕返しなのか何なのか、くすくす笑っているセラを横目で見てため息を一つ。
後ろ側の席からホールを出る為、僕達は一番最後に退出した。
教室までは距離があり、一度外へ出て、あの思い出したくもない惨劇が起こった中庭の前を通る。
敢えて見ないようにしていたけれど、セラが不意にそこで足を止めぼんやりと中庭を眺めていた。


「どうかした?」


そう言えば以前、ここでお弁当を食べたいと言っていたあの頃のセラを思い出す。
また同じことを言うのかもしれないと考えていたけど、見つめた横顔は不安そうに歪められていた。


『ここ……』

「……セラ?」

『ううん……なんでもない』

「どうかしたの?」

『本当になんでもないよ。ただ何となく……中に入りたくないって思ったの』


「変だよね」と言って困ったように微笑むセラに、僕はとても笑顔を返すことは出来なかった。
この子が見たという夢もそうだけど、潜在意識の中にあの日のことが残っているのだと考えれば、この場所にセラを近づけたくはないと思った。


「そうだね。僕もここは好きじゃないかな」

『……総司も?』

「うん。だからここに近寄るのは止めよう。わざわざここに来る必要はないし、気にしないでいればいいんじゃない?」

『うん、そうするね。ありがとう』

「はは、それ何のお礼なの?」

『よく分からないこと言ってるのに、総司は私の気持ちを汲んでくれるんだなって思ったら嬉しいなって』


そう言って今度は呑気に笑っているから少し安堵するものの、この子が中庭に近寄らないでいてくれるならそれに越したことはない。
今回は書類に不備がないよう気をつけるし、この子を一人で中庭にも行かせない。
僕達の関係が一時的に折り合いが悪くなりあのような事態になったわけだから、そのことにも気を配れば大丈夫な筈だ。


「あれ……?」


思い返して見れば、あの時何故セラの手元に書いてもいない僕からの手紙が渡ったんだろう。
勿論それは他の第三者が書いたものだろうけど、セラが確実に読まなけばあの犯行は成立しない。
そして僕との関係が拗れていたからこそ、手紙での呼び出しが成立しているようにも思えた。
勿論セラがいつあの手紙を手にしたのかも分からない今、憶測でしか考えられないのは百も承知だけど。
あの時のセラの様子を把握出来る人物が黒幕だとしたら、犯行を指示した人物が学園の中、下手したらクラスの中にいるかもしれないという可能性も浮上してきた。


『総司?どうしたの?』

「……いや、なんでもないよ」

『急に真剣な顔するからどうしたのかと思っちゃった。早く教室行こう?』

「そうだね」


あの時は僕も冷静ではなかった。
兎に角セラの死が辛くて受け入れられずに、この子の元に行くことだけを考えていた。
だから僕が呼び出したという手紙をこの目で見たわけでもなければ、どのような経緯でセラが手にしたのかも分からない。
あのスーツの犯人が、学院内部の人間かすら分からないのが現状だった。

でもこれだけ警備体制が整ったこの場所に不法侵入なんて簡単に出来るものだろうか。
そう考えると、ここの教員、生徒、その関係者が怪しい気がしてならなかった。
とは言えこれだけの規模の学院では生徒は愚か、その関係者も含め相当な人数が容疑者になる。
結局憶測だけでは何の手掛かりにもならないことに、心中で歯噛みした僕がいた。

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