6
セラと校舎内に入り教室までの道を歩いていると、予想通り周りからは好奇な視線が寄せられた。
小声で何かを話している者、小馬鹿にしたように笑っている者、敵意の視線を向けてくる者と様々で、それらは殆ど今年度入学の女子生徒達だった。
かたや男子生徒の方は、ただ憧れの眼差しを向ける者もいる反面、卑猥な視線でじろじろ見てくる者も複数いる。
以前、セラはこの雰囲気の中を一人で通って教室まで来たのかと思えば、僕の心まで痛むようだった。
そして何より、今横を歩くセラも嫌という程感じているだろうこの視線に、少し顔が青ざめてしまっている。
それを悟られたくはないのか、僕の視線に気付くとにこりと笑ってくれちゃうから、余計に遣る瀬無い気持ちになった。
「セラ、大丈夫?」
『うん、気にしてないから平気だよ』
「あの一番奥が僕達の教室だね。伊庭君と平助が君に会いたくて首を長くして待ってるんじゃない?」
『ふふ』
控えめに、だけど僕の言葉に笑顔を見せたセラを連れて、複雑な心境のまま教室へと足を進める。
すると前回同様教室内の雰囲気は最悪で、はじめ君は女の子達にペーパーナイフを向けているし、平助と伊庭君は立ち上がって、あの大公子と少し揉めているようだった。
「セラ……」
平助は素直だから、僕達を見ると目を見開き苦い顔をしてみせる。
伊庭君は優しく微笑み、「おかえりなさい」と彼女に言葉を掛けていた。
「噂のセラちゃん、近くで見てもやっぱり飛び抜けて可愛いね。俺とお友達になってくれませんか?」
僕がいなかったせいか、大公子はこの前よりかは機嫌が良いらしい。
セラの目の前まで来ると、そんなふざけたことを抜かしている。
『お初にお目にかかります、大公子様。アストリア家……』
「知ってるよ。誘拐された時に男達に散々遊ばれちゃった傷物公女様だよね、可哀想って凄い噂になってるよ」
「大公子様、お言葉ですがお戯れが過ぎるかと思いますよ。我が家紋のお嬢様を言われのないことで陥れるのは止めて頂けます?」
「あ?お前のその紋章、ただの騎士だよな。たかだか従者の分際で俺に楯突いていいと思ってんの?」
結局屑はどこの世界でも屑のままらしい。
今回は胸ぐらを掴まないで冷静に話したのに、この態度だ。
恐らく自分より格下の人間に物を言われることが嫌なんだろうけど、僕はセラの前に立ち彼女を護るようにそいつを睨み付けた。
「話があるなら僕が向こうで窺いますけど?」
「お前に用はねーよ、退け」
「退きませんよ、こちら側だって付き合う人間くらい選びたいですからね」
「ああ?なんだと?」
馬鹿には話が伝わらない挙句、僕は僕で苛立ちが言葉や顔に出てしまうから、結局また険悪になる。
そして大公子は嫌な笑みを浮かべると、僕を潰したいのだろう、敢えて挑発するように言葉を続けた。
「セラちゃんの護衛達は皆必死だね。そっちの護衛二人もさっき俺に文句つけてきたけどさ。そんなに頑張って守ってあげるってことは、後で何かご褒美とか貰ってんのかな」
「は?」
「お前ら全員、やらせて貰ってるんじゃないの?この子の中に挿れるのがそんなに気持ちいい?可愛い顔で喘いでくれるから堪らないんだ?」
思わずカッとなってそいつの胸ぐらを掴んだけど、セラの声が僕を止める。
後ろを向けば僕の制服を掴んだセラが必死な様相で僕を見上げているから、怒りを抑え込みその手を離すしかなかった。
「はは、そうだよね。俺を殴ったら入学早々退学だよ?そりゃ手出せないよな。で、どうなの?何回くらいやったのか教えてよ」
「君さ、恥ずかしくないの?その年にもなってそんな話ばっかりして。頭の中で下品なことしか考えてないんだね。凄い気持ち悪いんだけど」
「へー、否定しないんだ。ってことは、数えられないくらいやらせて貰ってるってこと?お前こそ自分の主人に盛って、すげー気持ち悪いじゃん。てかセラちゃんさ、こいつら三人の中で誰とやるのが一番気持ちいいの?まさかこいつだったりする?」
「……本当に殺されたいの?」
怒りが限界を超えかけたその時、僕の前にセラが出てきた。
かすかに震えてはいたけれど、涙を堪えて、大公子を真正面から見据える。
そして、澄んだ声で口を開いた。
『私のことはどう仰って頂いても構いません。ですがこの人達は……いつも私を支えてくれる大切な方々です。誠実に務めを果たしてくださっている方々を根拠もなく侮るのは間違っていると思います』
小さな声だったけど、その言葉は胸を突くほど真っ直ぐで揺らぎがなかった。
護られる存在のはずの彼女が、僕たちを護ろうとしてくれている。
その姿に込み上げていた怒りは別の熱に変わり、胸が温かくなったのは恐らく僕だけではないだろう。
殆ど泣きそうなくらい目には涙を溜めているのに、その姿からは僕達を大切に思う意志がはっきりと伝わってくるようだった。
「セラちゃんは怒った顔も可愛いね。庇っちゃう程、こいつらとやるのが好きなんだ」
大公子の手がセラに伸ばされたから、僕はすかさず小さな身体を引き寄せる。
伊庭君と平助もセラを護るようにそこに立つと、はじめ君が大公子に落ち着いた音色で声を掛けた。
「もう先生もいらっしゃる頃だろう。あんたも今後の為に、あまり事を荒げない方が良いのではないのか」
大公子は時計を見た後、静まり返った教室を見回す。
そして睨む僕達を小馬鹿にしたように見つめ、周りの取り巻き達に言った。
「この程度で必死になるとか馬鹿みたいじゃね?」
「……は?」
『総司、もう向こう行こう?私は大丈夫だから……』
セラに腕を引かれて、大公子を殴り付けたい心情になりながらも距離を取る。
伊庭君と平助の表情からもその怒りは見てとれたけれど、ここで刺激するとかえってよくないと悟ったのだろう。
伊庭君も、「相手にしなければそのうち黙ります」と言って、僕を宥めてくれた。
「てか別に今時処女じゃなくたって良くない?そんなんで婚姻に響いたりしないっしょ。むしろ経験豊富なセラちゃん、俺大歓迎よ?」
他の仲間とげらげら笑うそいつに殺意を覚えながらも、こちらから先に手を出すわけにはいかないのが厄介で。
セラは席に座ったものの、今にも泣き出しそうなその顔は赤く染まっていたから、この子をここから連れ出してあげたいのにそれが出来ないことが不甲斐なくてたまらなかった。
「セラ、気にすることはない。下劣な奴はどこにでもいる、相手にしないのが得策だ」
『はじめ……、ありがとう……』
セラを案じてこちらに来ただろうはじめ君は、そう言いながらも殺意は持ち合わせているのか、いまだに鋭いペーパーナイフを手に持っていた。
「あいつ、まじ許せねーんだけど……。セラ、大丈夫か?」
『うん、大丈夫だよ。心配掛けてごめん……』
「君が謝る必要はありませんよ。悪いのは向こうです、あんな人とクラスが同じだと思うと先が思いやられますね」
「本当にね。しかもあいつに媚び売って便乗してる奴までいるからタチが悪いよ。でも僕達がいるし君を護るから、あんまり不安になる必要ないからね」
『うん、みんなありがとう。私は全然気にしてないから、大丈夫だよ』
無理して笑顔を見せているだろうセラの様子に、僕達は顔を見合わせ眉を顰めることしか出来なかった。
それに僕は一つ危惧していることがある。
前回あいつとは一悶着あったけど、そのことを恨んだあの大公子が権力を振りかざしてこの学院に刺客を送り込んだ可能性も十分あるのではないかと踏んでいた。
もしそうだとすれば、状況が違えどあの惨劇は繰り返されてしまうかもしれない。
だからこそどうするべきかと、僕は横目でその王太子の同行を見つめていた。
ページ:
トップページへ