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その日は昼過ぎには学院が終わり、僕達四人は早々に城へと帰ってくることになった。
僕達は初登校日だからと任務がないにも関わらず、セラはこれから声楽のレッスンらしい。
笑顔で手を振り去って行く彼女を案じて、僕達は顔を見合わせていた。
そして「セラを元気付けようぜ!」と言った平助の言葉を皮切りに三人で色々話した結果。
僕達は今夜、あの子を励ます為に四人一緒に夕食を摂る計画を立てた。
「それでこうなったのですか……」
「まるでこれから子供の誕生会でも開くみたいですね……」
ここ最近、山南さんに甘え易い僕は、このことを真っ先に彼へと相談した。
学院での出来事も全て説明すると、山南さんは城内のダイニングの一つを開放してくれた上、城の料理長へも話を通してくれた。
料理長にはセラの好物を沢山作って貰うことを提案して、僕達は街に繰り出した。
街では部屋を飾るものと、ちょっとしたあの子への贈り物をそれぞれが自由気ままに選んできたものの。
全ての飾り付けが終わると、ダイニングを見た山南さんと山崎君が若干唖然とした表情でその場を見ていた。
「沖田君が風船を買い過ぎたせいですよ。やはりこの量は多過ぎましたよ」
「そう言う伊庭君だって、花を買い過ぎだから。花束も渡すのに、ダイニングまで花だらけってどうなのさ」
伊庭君はセラへの贈り物に薔薇の花束を用意したらしいけど、少し格好つけ過ぎだと思うのは僕だけじゃない筈だ。
そして部屋の中央に置かれた平助からの贈り物は、大きいテディベアのぬいぐるみ。
これもこれで意味が分からない。
「それに子供の誕生日会みたいになっちゃったのは、風船のせいじゃなくて平助が用意した無駄に大きいぬいぐるみのせいでしょ?こんなの貰って喜ぶのかな、セラは」
「ひでーこと言わないでくれって。セラならぜってー喜んでくれるし。そもそも総司の贈り物が一番意味分かんねーよ」
「なんで?置きっぱなしになるぬいぐるみや、三日で萎びる花束なんかよりよっぽど実用的だと思うけど」
「実用的かどうかは置いておいて、女性に贈るものではないと思いますけどね。あまりに色気がなさ過ぎます」
「伊庭君が無駄に色気出し過ぎなんだと思うよ。花が多過ぎて、この部屋臭くなっちゃったんですけど」
言い合いを始めた僕達を見兼ねてか、山南さんが咳払いを一つ。
「準備が整ったのであれば食事を運ぶよう指示してまいりますが、宜しいですか?」
「自分もお嬢様を呼んできます。ちょうどそろそろレッスンが終わる頃だと思いますので」
僕達が礼を告げると、二人はダイニングから出て行き、代わりに美味しそうな料理やスイーツが次から次へと運ばれてくる。
今日は何だかんだ一日中動いていたからお腹も減ったし、前回とは全く違う展開なだけにセラがどんな反応をするか楽しみに思う僕がいた。
「でも、良かったですね。こんな機会でもないと四人でゆっくり食事することは出来ないかもしれませんし」
「確かに。これからは学院で弁当食ったりはするんだろうけけど、四人だけでってなると中々ないもんな」
「しかも料理も凄い豪華だし、部屋も何だかんだ上手く飾り付けできたんじゃない?」
「まあ若干ごちゃごちゃしてるけど、これはこれで味があっていいと俺は思う!」
「僕達の気持ちですから、きっとセラなら喜んでくれると思いますよ」
円卓のテーブルに腰掛けセラを待っていると、山崎君が彼女を連れてこの場所へと戻ってくる。
セラは僕達を見て一度目を見開いた後、ダイニングを見回して瞳をきらきら輝かせていた。
『わあ……凄い……!可愛い……!』
小走りで近寄って来たセラが最初に興味を示したのが、平助の用意したテディベアだったから少し納得がいかない。
とは言え嬉しそうに笑うセラを見ることができたから、僕の頬も自然と緩んでいくばかりだった。
『今日は四人でお食事するって聞いたんだけど、もしかして皆が用意してくれたの?』
「そうそう!折角同じ学院に通うからさ、これから四人で仲良くしてこうぜってことで親睦会みたいなのやりたかったんだよ」
「いつもは中々時間が合わないですが、今日は僕達も任務がなかったので自由に動けましたしね」
『私も皆とゆっくりお食事したかったから嬉しいな。今日は初登校日で皆も疲れてると思うのに、どうもありがとう』
「どういたしまして。セラも代表挨拶とかで大変だっただろうし、今日は羽を伸ばして皆で楽しもうよ」
『うん!楽しみだな、お部屋も可愛いしお夕食も私の大好きなものばっかりだし、幸せ』
屈託なく微笑むセラの様子に大満足した僕達は、ジュースで乾杯をして楽しい時を過ごした。
ご飯は美味しいし、気兼ねなく話せる仲間もいるし、何よりセラは可愛いし。
ここ最近、外にいると気が抜けないからこそ、こうして心から穏やかに過ごせることの大切さを見に沁みて実感していた。
『ふふ、楽しかった。今日は凄い沢山笑っちゃった』
「本当に楽しかったですね。またこうして皆で集まる機会を設けましょう」
「賛成!つーかこれからもこの四人で学院通えるんだからさ、めっちゃ楽しいじゃん!」
近藤さんが急な来客の接待をしているという今夜、もしセラが一人で夕食を摂っていたら嫌なことを思い出して悲しい思いをしてしまったかもしれない。
前回と状況が異なる今、僕はこの子の部屋には行けないし、応接間を貸して貰うことも厳しいだろうから、こうした形でセラを励ますことが出来て良かったと思っていた。
「じゃあ最後にさ、俺達からセラにちょっとしたプレゼントがあるんだ」
平助がそう言うと、セラは驚いてからまた嬉しそうに微笑んでいる。
『このお食事会がこれ以上ないプレゼントだったのに、まだあるなんて贅沢過ぎるよ……』
「いや、ていうか俺のはさ、もう丸見えになっちゃってるんだけど」
そう言いながらもテディベアを持ち上げた平助は、セラに直接それを手渡し、いつもの人懐っこい笑顔で笑っていた。
「これは俺から。ほら、夜とか無性に寂しくなる時とかあるじゃん?そういう時はこいつを抱きしめて寝たりして貰えたらいいなーなんて思ってさ。癒されそうだろ?」
『わあ、嬉しい。私ね、テディベアのぬいぐるみ大好きなんだ。凄い可愛いし、このくまさん平助君みたいで本当に癒されるね。寂しい夜はこれをぎゅってして寝るね。本当にありがとう……!大事にする』
「お、おう」
テディベアを平助みたいなんて余計なことを言うから、平助が若干頬を染めて喜んでいる。
なんとなく最後に渡すのは嫌だったから、次に渡そうと思っていたけど、伊庭君は用意周到にセラの前に跪き豪華な薔薇の花束を差し出した。
「これは僕から君へ、どうぞ受け取ってください」
『わあ……薔薇の花束?凄い綺麗、良い香り』
「色は迷ったんですけどね、淡いピンクの花言葉は上品で可愛い人、という意味なので僕の中の君のイメージにぴったりだったんですよ。それでこちらの色に決めました」
『そう言って貰えるとちょっと照れちゃうけど、伊庭君の気持ちがとても嬉しいよ。私お花大好きだから、今日の夜から早速お部屋に飾らせて貰うね。素敵な花束、本当にありがとう』
花束を抱えるセラが本当に花と似合っていて、彼女と付き合いの長い伊庭君がわざわざこれを選んだ理由がようやく分かった気がする。
伊庭君も嬉しそうに頬を緩めているし、花束もテディベアもそうだけど、女の子らしいものがこの子には似合う気がした。
となると、僕の選んだ贈り物は些か失敗だった気がしなくもない。
今更後悔しても遅いけど、これはこれでいつかこの子の役に立ってくれる筈だと、手元の箱をセラへと差し出した。
「僕からの贈り物はさ、多分君がそんなに喜べる物ではないと思うんだけど」
箱を僕から受け取ったセラは、何だろうというように嬉しそうにしてくれている。
箱を開けたらがっかりされるんじゃないかと思ったけど、セラはそっと蓋を開けるとその瞳を大きく見開いていた。
『これ……短剣……?』
「うん。僕だけ君のイメージに合わないものでごめんね。それに君を護るのは僕達の役目だから、本来君にはこんなものは必要ないし、これを使う機会はあってはならないって思ってるよ。ただもしも本当にどうしようもなくなった時、これを使ってちゃんと生き延びて欲しい。君が苦しい時、少しでも君を護ってくれたら良いと思って僕はこれにしたよ」
ホルスター付きのこの短剣は、デザインはシンプルで細身なものの、その鋭利さは思わず目を見張るものだった。
女性の護身用として携帯できるサイズ感も気に入りこれを選んだものの、短剣を持つセラは僕から見てもしっくりこなくて思わず自分で苦笑いをこぼした。
けれど剣をまじまじ眺めたセラは、何故か凄く嬉しそうにホルスターを早速腰へ巻き付けている。
そしてそこに短剣を装備させると、僕の前で一回転して見せた。
『わあ、かっこいい……!どうかな、似合う?』
「うーん。似合ってはないけど、いいんじゃない?君の場合は、多分ドレスの下なんかに身に付ける方がいいかもね」
『あ、そういう使い方もできるんだね。短剣なんて初めて貰ったから、凄い嬉しいな。大切にするね』
セラのことだから喜んでくれるとは思っていたけれど、子供が短剣の玩具を貰って喜んでいる様相に似ていて少し笑ってしまう。
でも短剣を優しい眼差しで見つめたセラは、僕を見上げて言ってくれた。
『総司はいつも私の身の安全を真剣に考えてくれて、その気持ちがとっても嬉しいよ。この短剣があれば何かあった時も諦めないで生きようって思えるから、いつも身に付けて護身用にするね。それで何かあってもちゃんと生き延びる。本当にありがとう、総司』
どうして僕がこれを贈り物に選んだのか、その想いまで汲み取ってくれるこの子の優しさや、人の気持ちを理解出来る聡明さが本当に好きだ。
やっぱりこれを贈って良かったと思えるから、万が一何かあった時、どうかこの短剣がこの子を護ってくれますようにと願わずにはいられなかった。
『今日は色々準備してくれたり、こんなに素敵な贈り物まで、本当にどうもありがとう。凄く楽しくて、皆と一緒に学院に通えて幸せだなって思うよ』
「僕もですよ。気心知れた仲間がいるから明日からも楽しみですし、何より君と一緒に通えることが一番嬉しいです。君の役に立てることはないか、いつも考えていますよ」
「色々嫌なこととかもあると思うけどさ、皆で協力すれば乗り越えられないことはないって思うんだ。だから何かあれば俺達を頼ってくれよな」
「大事なのは一人で抱え込まないことかな。その為に僕達がいるし、君はいつだって一人じゃないから。そのことは忘れないで」
『うん、ありがとう。皆のこと、とても頼りにしてるね。あと……ごめ……』
ずっとにこにこ話していたセラだけど、言葉を詰まらせたと思ったら、急にそれは泣き顔に代わり顔を俯かせてしまう。
伊庭君が少し慌てた様子でセラの肩にそっと触れると、少し顔を上げたセラが愛らしい顔を歪ませてそれはもう悲しそうに涙を溢した。
『ごめ……なさい……私のせいで、皆まであんな言われ方……』
「僕達のことはいいんですよ、何も気にしてませんから」
「そうだって!そもそもセラは謝ることなんて何もしてないんだからさ、謝らないでくれよ」
『でも……みんなはこんなに優しいのに……私の護衛をしてくれてるだけで、あんな酷いこと言われて……申し訳なくて……』
「セラ、大丈夫だよ。確かに気分は害したけど、僕達が腹を立てたのは君のことを出鱈目に言われたからなんだ。僕達が一番に護りたいのは君だからね」
『ありが……とう……』
セラは涙を零していても上品で、その悲しみに震えた睫毛や色付いた頬ですら本当に綺麗だ。
その愛らしい泣き顔を見てしまえば、泣き止んで欲しいのにずっと見ていたい衝動にも駆られてしまうから、僕はおろか平助や伊庭君も、ただ見惚れるようにその姿を見守っていた。
「セラ……、そんなに泣いたら明日目が腫れてしまいますよ……」
「あ、ほら……こいつ抱き締めてくれよ。少しは気が紛れるかもしれないし」
伊庭君はセラの目元の涙をハンカチで拭ってあげていて、平助は先程のテディベアをセラの膝の上に置いている。
まるで子供をあやしているような二人の優しさが微笑ましくて笑ってしまえば、二人が僕を睨み付けてきた。
「なに笑ってんだよ、総司。セラが泣いちまってんだぞ?」
「うん、分かってるよ」
「分かってるよって……。君は慰めたりしてあげないんですか?」
「そうだね、じゃあ僕がセラを抱き締めてあげたいから二人とも邪魔なんだけど。退いてくれる?」
「はあ?そんなこと駄目に決まってんじゃん!絶対退かねーからな」
「君には見損ないましたよ。こんな時に冗談を言っている場合ですか?」
二人の苛立った剣幕には苦笑いするしかないけど、僕はこうしてセラが僕達の前で素直に涙を見せられて良かったと思っている。
それだけ彼女が僕達に心を許してくれている証拠だし、こういうことを経て絆が深まっていく気がしたからだ。
本音を言えば僕の前だけで弱さを見せて欲しいけど、もうすぐ一度目の世界でセラが命を落とす日がやってくる。
その前に伊庭君や平助が以前よりもっとこの子を気に掛けてくれるようになれば、あの惨劇を防げる確率が格段に上がると考えていた。
実際悲しそうに涙を流すセラを見て、二人は完全にこの子に心を持っていかれている。
この様子なら僕だけでなく、彼らも本気でセラの身の安全を確保するだろうと期待していた。
『泣いてごめんなさい……。でももう大丈夫』
しばらくして泣き止んだセラは、まだ涙声でいるものの僕達を見上げて少し恥ずかしそうに微笑んでいる。
「悲しい時は泣いたっていいよ。思いっきり泣いて、そうしたら次の日また笑えるようになってるから。そのかわり一人で泣くのは駄目だよ」
『うん、ありがとう……』
セラの頭にそっと手を置くと、はにかんだ様子のセラは少しはすっきりしたのかその顔に先程までの悲しみはなかった。
『私、皆がいてくれて本当に良かった。明日からもまた楽しく学院に通えそう』
「それなら良かったです。変な人達は放っておいて僕達で楽しく過ごしましょう。君を一人にはしませんよ」
「まじ絶対俺達で護るから!心配しないでついてきてくれよな」
『うん、ありがとう』
「君は世界一可愛い僕達の自慢のお嬢様なんだからさ、自信持ちなよ」
セラは恥ずかしそうに頬を染めていたけど、またお礼を言って微笑んでいた。
その顔を見たらきっともう大丈夫だと思えたから、今日という悲しい一日がこうして笑顔で終われて良かったと思う。
そして今日強められた僕達の絆がこの子の未来を繋ぐことを信じて、愛らしい彼女をずっと眺めていた。
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