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学院に入学してから数週間。
仲良いお友達も出来て毎日に充実感を感じていたものの、今私はとっても困っていた。
学院がおやすみだったため、レッスンや勉強も全て完了。
折角取れた自由な時間を有効的に使うためにも、今日街に出掛けたいのに、一人で気ままに外出出来ないことが悩みの種だった。
『ううん……』
この前は三人に沢山お世話になったから、もうすぐ騎士団主催の剣術大会もあるし何か気持ちでプレゼントを贈りたい。
そして総司にだけは更に追加で、懐中時計を用意したいと思っていた。
けれど街に出るには護衛が必要で、その護衛役は専属騎士候補のあの三人の中から選ばれる。
私が街に出たいと言うといつも三人ともついてきてくれるから、結局何も用意出来ないまま日にちだけが流れていた。
けれどその大会は、もう来週末に迫っている。
そろそろ用意しないと準備が間に合わないのが現状だった。
かと言って一人で出歩くことは総司との約束を破ることになるから、絶対に出来ないし……。
何か良い方法はないかな。
『あ、そうだ』
私は城内で山崎さんを探して、色々な場所を彷徨う。
すると手に荷物を抱えて歩いている彼を見つけて、少し申し訳なく思いながらも声を掛けることにした。
『山崎さん、お忙しいところごめんなさい。今少しお時間宜しいですか?』
「構いませんよ。どうかされましたか?」
『あの、来週末までに街へ出掛けたいのですが、もし可能なら山崎さんにご一緒して頂けたらなと思って……。どこかでお時間を取って頂くことは出来ますか?』
「街……ですか。すみません、俺はこれから近藤さんと遠方に向かう予定でして、この城に戻って来れるのは大会直前になってしまうと思います。沖田さん達はお忙しいのですか?」
『あの三人への贈り物を選びたくて、出来れば他の方に護衛をお願いしたいと思っていたんです。でも山崎さんが遠征に出掛けるのであれば大丈夫です、お時間を取らせてしまってごめんなさい』
「いえ、こちらこそごご協力出来ず申し訳ありません。護衛でしたら原田さんか永倉さんあたりに頼まれたらいかがですか?確か今日は非番だと仰っていましたよ」
山崎さんにお礼を告げて、私は彼のアドバイス通り騎士団の訓練場へと向かってみる。
とは言え年齢が少し離れているあのお二方を呼ぶのは躊躇われて、物陰からその様子を眺めていた。
「おい、左之!折角の非番なんだからよ、これから呑みに行こうぜっ!」
「昼間っから呑むのかよ、まあいいけどな。ただし変な店は行かねぇからそのつもりでいろよ」
「んなっ、変な店ってのは綺麗な姉ちゃんがいる店全般を言ってるわけじゃねぇよな?」
「俺はただ酒を呑みに行くだけなら付き合うって言ってやってんだ。そんな店ばっか行ってたら金が直ぐなくなっちまうだろ」
「普段の疲れを可愛い姉ちゃん達で癒したいって思って何が悪いんだ?左之、お前には見損なったぜ」
「んなこと言ってるからお前は万年金欠なんじゃねぇか」
どうしよう……。
これから出掛ける予定を立てているのに、私の護衛が入ったらきっとがっかりしてしまう筈。
けれど私が話し掛けられそうな人は他にはいないし、少し諦め気味にため息を吐き出した時だった。
「こんなところで何してるの?」
柔らかい声が頭上から降ってきて、振り返った後ろ。
私を見下ろして微笑んでいたのは総司だったから、私の心にはまた花が咲いた。
『総司、お疲れ様。今日は非番なの?』
「ううん、午前中は任務で出てたよ。これから大会に向けて稽古でもしようと思ってさ。君は?」
『私は……別に』
「なんだ、僕に会いに来てくれたわけじゃないんだ」
学院に通うようになって、総司とは一緒に過ごせる時間が格段に増えた。
けれどそれに反して二人で過ごす時間は以前にも増して減ったから、正直最近総司不足になっている。
でももう直ぐ大会を控えた総司は、今がとても大切な時期。
甘えたことは言いたくないから、総司に触れたいのを我慢してただ彼の目の前に立っていた。
「それで、ここに来た本当の理由は?用もなくここには来ないよね」
『あ、えっとね……原田さんと永倉さんに用があったんだけど』
「あの二人に?珍しいね、何の用事?」
『ううん、別に用事って程じゃないからいいの。お二人とも忙しそうだし、丁度帰ろうと思ってたところだから』
「そう?あの人達暇そうだよ、呑みに行く話しかしてないし。呼んであげようか?」
『本当に大丈夫、もう帰るから。大会前で忙しいのにごめんね』
今日はこれで総司に会えないだろうから見納めに総司を数秒見つめ、いざ行こうと足を進める。
すると総司が私を引き止めるように手首を掴むから、思わず彼を見上げた私がいた。
「もしかして街に行きたいの?」
『え?』
「その顔はそうみたいだね。それで左之さん達に護衛をお願いしようと思ってたってことか」
『ううん、そういうわけじゃないんだけど……』
「いいよ、僕が行くから。大会前だって気分転換くらいはしたいしね」
私をぐいぐい引っ張って歩く総司に、よく分からないままついて行く。
どうして私の考えていることがわかるのかは不思議だけど、総司と街に出ても彼への贈り物は選ぶことは出来ないから問題解決には至らなかった。
でも先を歩く総司の後ろ姿を見て、思わず笑みがこぼれてしまうのはこうして一緒にいられることが嬉しいから。
私の気持ちを汲み取ってくれようとするこの人の優しさが、いつも私の心を温かくしてくれた。
「山南さん、失礼します」
総司に連れて行かれるまま歩いて行くと、辿り着いたのは山南さんのお部屋だった。
外出の許可を頂くのかとばかり思っていたけど、総司はそれとは別の用件もあったらしい。
「この前お願いした件、どうなってます?」と、山南さんに尋ねていた。
「先程仕立て上がったものが丁度こちらに届いたんですよ。試着されてみますか?」
「やった、ありがとうございます」
総司の制服の話かと思って聞いていると、山南さんは私に何かを手渡してくる。
それは女の子用のお洋服で、いつも身に付けているドレスなどとはまた違うものだった。
「サイズはいつもお嬢様が着用されているドレスに合わせて作らせたので問題ないとは思いますが、念の為一度袖を通してみて下さいね」
『あの、これは?私のお洋服なんですか?』
「ええ。お嬢様が街を歩く際、いつもの格好だと人目について危険だと沖田君からご指摘がありましてね。街のイベント時は無理ですが、プライベートで出掛ける時は街娘の格好の方が確かに目立たなくて良いかと思いまして、こちらを誂えることにしたのですよ。沖田君から聞いてなかったのですか?」
『はい、今初めて聞きました』
驚いて総司を見つめても、彼はいつもの如く飄々とした様子で微笑んでいるだけ。
そんなことまで考えてくれていたなんて思ってもみなかったから、思わず手の中の服を抱く力が強まってしまった。
『こちら試着させて頂きますね、あとご用意して頂きありがとうございます。総司も本当にありがとう』
「いいえ、このような格好で出掛けるというのは盲点だったので沖田君には良い案を頂きました」
「許可を頂けて良かったですよ。あとはサイズだけかな」
総司はそう言って私を見るから、山南さんにドレスルームを借りて着替えることに。
初めての街娘の格好にちょっとした喜びを感じながら、鏡の前で一回転してみた。
『可愛い……』
ドレスより軽くて動きやすいし、靴まで用意されていることもあって、これで歩けば私も完全に街娘だ。
少し照れくさい気持ちになりながら二人の前に顔を出すと、彼らもその顔に微笑みを浮かべてくれる。
「いいんじゃない、似合ってるよ」
「お嬢様は何を着てもお似合いになりますね。まだ一着しか誂えておりませんが、プライベートでお出掛けなさる時はいつでも使用して頂けたらと思います」
『ありがとうございます。このお洋服、大切に着させていただきますね。ふふ』
「なんか嬉しそうだね」
『うん、凄い嬉しい。ずっと憧れてたんだ、こういうお洋服』
ドレスに飽きたわけではないし、どんな服でも用意して頂けるのは有り難い。
でも初めて袖を通したこの服装は、不思議な程にしっくりくるからその着心地の良さに感銘を受ける。
「ドレス姿しか見てなかったからどんな感じになるのかと思ってたけど、案外しっくりくるものだね」
『私も同じこと思ってた、なんかドレスより似合ってるよね?』
「そんなことはないけどね。でもいいと思う、可愛いよ」
『ありがとう、総司』
総司の言葉に照れていると、背後から咳払いをした山南さん。
「私がいることを忘れていませんか?」
「はは、忘れてませんって。この後街に行きたいんですけど、この格好でこの子を連れて行っても大丈夫ですか?」
「別に構いませんが、護衛は君一人ですか?」
「はい、その予定です。勿論しっかりお嬢様のことはお護りしますよ」
「君は特級まで取得していますしお嬢様もその格好でしたら大丈夫でしょう。お嬢様を宜しくお願いしますね。ただ君が騎士の格好のままでは、お嬢様とのバランスが悪いのではないですか?」
「確かにそう言われてみればそうですね」
「そう思って、君と藤堂君、伊庭君の分も試しに誂えてみましたよ」
『わあ……』
山南さんが広げたその服を見て、私は思わず歓声をあげる。
思えば一番最初に総司と会った時、彼はこのような格好をしていたことを思い出し無性に懐かしくなってしまった。
『総司、早く着てみて?早く早く』
「分かったから急かさないでよ。山南さん、色々とありがとうございます。ちょっと僕も着てみますね」
今度は総司がドレスルームに入り、楽しみ半分ドキドキ半分で彼を待つ。
そんな私を見て微笑んだ山南さんは、私に紅茶を出して下さった。
『山南さん、何から何までありがとうございます。紅茶、頂きますね』
「どうぞ。お嬢様が喜ばれているようで、私としても嬉しいですよ」
『まさか街娘の格好を出来る日が来るなんて思ってもみなかったんです。なので本当に嬉しくて』
「お嬢様は小さい頃、街に出る度、街娘の格好に憧れていらっしゃいましたからね。あの服が欲しいと泣きつかれて、近藤さんが困っていたことを思い出しました」
『そんなことがあったのですか?全然覚えていなくて、お恥ずかしい限りです……』
「まだ奥様がご健在だった頃なのでお嬢様もかなり幼かったとは思います。ですがこのような形で幼い頃の願望が叶えられて良かったですね」
『はい。山南さんと総司には感謝しかありません』
「お礼ならこの案を考えた沖田君に言ってあげて下さい。彼はお嬢様のことになるといつも一生懸命で、とても良い青年ですね」
山南さんの言葉に相槌を返した時、着替え終えた総司が私達の前へと姿を現す。
装いが違うだけで雰囲気が変わり、今は騎士ではなく街で働く好青年のイメージ。
何を着ても似合うから、その姿を見てまた恋に落ちてしまうような感覚になった。
『凄く似合ってる、とってもかっこいい』
「だそうですよ。良かったですね、沖田君」
「ははっ、ありがとうございます。昔はよくこんなような格好をしてたんで、懐かしい感じもしますけどね。ここに真剣を入れてっと……。これでいいかな」
「見た目は普通と変わりないですが、お二方のその服は一応切れにくい素材になっています。万が一の時、鋭利なものが貫通し難いように作られておりますので、機能面でも優れていると思いますよ」
『凄い至れり尽くせりで感謝しかありません。ありがとうございます』
「いいえ。では気をつけて行ってらして下さい。沖田君、くれぐれもお嬢様を危険な目に合わせないようご配慮願います。その服装だからといってあまり気を抜かないようにして下さいね」
「十分に気をつけるので大丈夫ですよ、では行ってきます」
微笑む総司に笑顔を返し、山南さんに会釈をしてから部屋を出る。
再び見つめ合ったら少し笑ってしまったけど、装いが違うだけで私達を纏う雰囲気も違うから不思議だ。
「じゃあ行こうか。他の人にバレたら面倒だから、馬車まで急ごう」
『うん。でも私はあまり走ると怒られちゃうかもしれないから……』
「大丈夫だよ、ほらこれもして」
最後に山南さんから手渡された街娘用のスカーフを、総司は私の頭に巻いてくれる。
「誰もまさか君だと思わないよ」
『そうかな?』
「うん、じゃあ行くよ」
総司は私の手を掴むとそのまま走り出してしまうから、私も慌てて走り出す。
お城を抜けて、外に出て、外門まで真っしぐら。
お日様の下をこんなに走ったのは久しぶりで、とっても気持ち良かった。
『はあ……疲れた……』
「意外と早く走れるじゃない」
『それどう言う意味?私は普段女の子らしくしてないといけないから走らなかっただけで、走れないわけじゃないんだよ?』
「どうかな、この程度で疲れてるようじゃまだまだだと思うけどね」
馬車に乗り込み、そんな他愛ない話をしながら街に出るのが楽しみで仕方がない。
早く着いて欲しくて少しそわそわする私の手を、総司は優しく握ってくれていた。
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