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ここ周辺で一番栄えた都市に着くと、私達は馬車から降りて歩き始めた。
周りには沢山の人が歩いているのに、誰も私達を見ることなく完全にこの場所に溶け込めている気がした。
『いつもと全然違うね』
「そうだね。普段は結構視線を浴びるけど、今日は誰も僕達に気付いてないよ。君も完全に街娘だ」
『うん、総司も。制服を着てない総司も新鮮で好きだよ』
「セラもね。本当によく似合ってるよ」
馬車を降りてからずっと繋がれている手が、そっと彼の方に引き寄せられる。
普段なら手を繋いで街を歩くなんて絶対に出来ないけど、今日は初めて公女としてではなく普通の一人の女の子としてお出掛けが出来ている気がした。
「お!可愛いお嬢ちゃん!飴細工買ってかないかい?」
色々な出店が並ぶ道を歩いていると、飴細工売りのおじ様が話し掛けてくる。
スカートを翻して会釈しようとすると、すかさずそれは総司が止められてしまった。
「そんな丁寧に挨拶したらおかしいでしょ、街娘はそんなことしないよ」
『そうなの?』
「そうだよ。だから今日一日君は何もしなくていいよ、公女はおやすみね」
総司はそう言って微笑むと、可愛いリボン型の飴細工を一つ買ってくれる。
私にそれを差し出すと、また手を引いて歩き始めた。
『可愛いキャンディーだね、ありがとう』
「どういたしまして。今日は折角だからゆっくりデートしようよ」
『デート?』
思えば総司ときちんとデートしたことは一度もない。
春の建国祭はデートみたいだったけど、想いが通ってからは初めてだった。
『嬉しいな、私デートなんて一生出来ないと思ってた』
「なんでさ。君ならデートしたいと思えばしてくれる相手なんていくらでもいそうじゃない」
『好きな人とじゃないと意味ないでしょ?それにデートって二人きりでするものだって書いてあったから、護衛を連れてたらデートにならないもん。でも今日は初めて護衛の人がいなくて、総司と二人きりだから嬉しい』
久しぶりの温もりも、傍で聞けるその声も、私の心に心地良く降り積もっていく。
思わずにやけてしまう私を見て、総司は困ったように眉尻を下げて笑っていた。
「僕が一応、護衛役なんだけどね」
『分かってるけど、総司もたまには護衛おやすみでも大丈夫だよ?』
「駄目だよ、君は危なっかしいから僕が気を張って護ってあげないとね。もし専属騎士になれたらこういう機会も増えると思うし、今日はその良い練習になりそうだよ」
総司は飄々とした態度とは裏腹にとても真面目な一面もあって、のんびり街を歩いているように見えてかなり周りを観察している。
人混みを前もって避けたり、ぶつかりそうになれば肩を抱いてくれたり、少しでも蹴つまずけば咄嗟に支えてくれたり……。
私は公女として生きてきたから護ってもらうことが当たり前の生活をしてきたけど、総司程私を気に掛けてくれる人はいなかったから、大切にしてくれているだろう総司の言動に胸が高鳴るのを感じていた。
「人多いけど大丈夫?疲れてない?」
『うん、私は凄く楽しいよ。総司は大丈夫?』
「僕も楽しいよ。久しぶりに二人になれたしね」
沢山の人に囲まれていても、今の私達は誰にも邪魔されずに二人の時間に身を委ねられている。
シンデレラとはまた違う魔法にかけられたような不思議な感覚で、このままずっと総司といたいと思った。
煩わしい階級やしきたり、マナーや暗黙のルール。
そんな私達を縛るもの全てから解放されて、こうして好きな人と楽しく過ごす時間がこんなに幸せだなんて今まで知らなかった。
次第に落ちる日を見つめて、まだ暗くならないで欲しいと願いながら、総司の手を握る手に力を込めた。
「はは、セラの射程が下手過ぎて笑えたよ。あの構え方はないよね」
『だって銃なんて初めて持ったんだよ?しかも重いし』
「あれはコルク栓式の銃だから本物の銃とはちょっと違うけどね」
『でも総司がちゃんと景品取ってくれたから満足なんだ』
「それ何に使うの?ガラクタじゃない」
『私の思い出をガラクタ呼ばわりしないで』
射的で遊んだ私は、小さな小鳥の置物を大切に洋服のポケットへとしまう。
すると歩いた先にある本来のお目当ての店が、もう目の前まで迫ってきていた。
でも総司が一緒だから、残念ながら懐中時計は買えなさそう。
どうやって贈り物を用意すればいいか再び悩んでいると、総司がふいに足を止めた。
「僕ちょっとお手洗いに行きたいんだけど」
『うん、行ってきて。でもどうしよう、どこかお店で貸して貰えるかな?』
「ここに入ろうか。君は興味ないだろうけど、適当にお店の中を見て待っててよ」
総司がそう言って指差した店は、正に私が懐中時計を買おうとしていたお店だった。
こんな形でここに来れるなんて思ってもみなかったけど、もしかしてこれは総司に見つからないで欲しいものを買える良い機会かもしれないという淡い期待が頭に浮かんだ。
「ちょっと服がずれててさ。それも直したいから時間かかるかもしれないんだけど、いい?」
『うん、勿論。ゆっくりしてきてね』
総司がお手洗いに時間を掛けてくれるなら、やっぱり今買うしかないと決意を固める。
思い掛けないところで先程までの悩みがなくなり、心から安堵していると、何故か総司がその場で吹き出した。
「……ふ……、ははっ……」
『え?何?どうして笑ってるの?』
「いや、ごめん。別になんでもないんだけどさ……、ははっ……」
『ねえ、どうしたの……?私、何かおかしかった?』
「違う違う、ごめんね。じゃあ行ってくるから待ってて。店の外に出たら駄目だからね」
総司が笑っている理由が全く分からなくて顔を顰めたけど、総司は私の頭に優しく手を置くとレストルームへと入って行く。
その後ろ姿を見送って、私は急ぎ足で買う予定の懐中時計を手に会計場所へと向かった。
いつもは護衛役の人がお金を払って下さるから、こうして一人だけで買い物をするのは緊張する。
少し時間が掛かってしまったけど、無事手元にその時計を受け取れた時、どうしようもなく嬉しかった。
『良かった……』
悩みに悩んだプレゼント。
どうか総司が専属騎士になれますようにという気持ちを込めて、この時計を贈りたいと思った。
専属騎士になれば、時間は常に確認しなければならなくなるから、きっと役に立つだろうと思ってこれにしたけど。
『喜んで貰えたらいいな』
どうかどうか、総司が万全の体調で大会に臨めますように。
そして今までの総司の努力や頑張りが実を結びますように。
そう願いながら、愛しい人に送る贈り物を胸の中に抱きしめた私がいた。
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