4

セラと街へ出掛けてから数日、一番恐れていたあの日を迎えた。
いつもより早く目覚めた僕は、朝食を摂る気にもならないまま身支度を整え、城の前までセラを迎えに行った。
数分して城から出て来たセラは、僕を見て僅かに小首を傾げている。


『おはよう、総司。どうしてここに?』

「何かあったら危険でしょ、迎えに来たんだよ」

『え?でも……馬車はすぐそこだよ?』


城から出て、城門まではなんだかんだ歩くと数分はかかる。
その道を一人で歩かせることすら危険に感じてここまで来たけど、セラは若干不思議そうに僕を見上げていた。


「来たら駄目だった?少し早く支度が出来たから、ここで君を待ちたかっただけなんだけど」

『ううん、私も総司に少しでも早く会えるの嬉しいよ。迎えに来てくれてありがとう』


僕の言葉を疑わずに信じてくれるセラは、嬉しそうに僕を見上げ、その手を僕のに絡めてくる。
直ぐにそれは名残り惜しそうに離されるけど、甘えたような視線で見つめてくるのはやっぱり少し狡いと思う。


「今日って学院に行かないと駄目なの?」

『え?どうして?』

「休めないのかなって思ったんだけど。今日は顔色も悪いし、体調悪そうだよ。無理しない方が良いんじゃない?」

『本当……?私凄い元気なんだけど……』


流石にこの嘘は無理があったのか、セラは鏡を取り出して自分の顔色を確認している。


『大丈夫そうだよ。あと今日は音楽で声楽のテストがあるから休むわけにはいかないの』

「そうなんだ。僕も音楽のクラス取れば良かったかな」


音楽はヴァイオリンやピアノ、声楽などの経験者しか履修出来ない決まりになっていた。
だからやむなくセラとは違う選択科目を選んだけど、この日に音楽があるなら、その時間が不安だと思う僕がいる。


「今日だけ僕も音楽の授業に出てみるよ」

『ええ?そんなこと出来るのかな……』

「見つからないんじゃない?まあ見つかったらそれはそれで別にいいよ。でも今日は音楽に参加する、もう決めたんだ」

『う、うん……』


音楽のクラスは伊庭君が履修しているとは言え、今日ばかりは僕自身がセラから目を離すことは出来ない。
この子の身体にまた刃物が突きつけられるなんて、とても耐えられることではなかったからだ。


それから学院に着き、まるで何事もないように時間は流れて行く。
教室内ではセラは隣にいるから、気掛かりなのは彼女が席を立つ時だけ。
どんな時でも同行し女子トイレの前で待機していると、出てきたセラと千ちゃんが少し神妙な顔つきで僕を見上げていた。


『総司、お手洗いまではついてきてくれなくて大丈夫だよ?』

「なんで?何かあったらどうするのさ」

『多分何もないと思うよ……?』

「分からないじゃない。本当は中まで入って見届けたいくらいなんだけど」


思わず口から出た本音に疾しい意味は無かった。
けれどセラは顔を赤くするし、千ちゃんに至っては完全に引いたような眼差しで僕を見ている。


「沖田君、流石にそれはやり過ぎだと思うわよ。セラちゃんも困ってるわ」

「なんとでも言って。僕は可能な限りこの子の護衛をするって決めてるんだ」

『総司の気持ちは有り難いよ。でも今日はいつもに増してちょっと……』

「今日は特に注意が必要な日なんだよ、仕方ないでしょ」

『そうなの……?どうして?』

「なんとなく」

『…………』


犯行が起きるのは昼休み。
それを過ぎたとしても暫くは気を抜けない。
少しの隙が命取りになるのなら、僕達が隙を見せなければいい。
そうすればこの子は狙えないと、相手だってそのうち諦める筈だ。


『そんなに気を張ってたら総司が疲れちゃうよ?』

「大丈夫だよ、だからセラも気にしないで。僕のことは空気だと思ってくれていいから」

『だけど……』

「まあ、それで沖田君の気が済むなら良いんじゃない?さ、セラちゃん行きましょ?」


僕を気にしてくれるセラの気持ちは有り難いけど、正直今は気を張って見守ることしか出来ない。
この緊迫感までは流石に伊庭くんと平助には伝わってくれないから、彼らも僕の今日の動向には微妙な顔付きをしていた。

そして問題の昼休み、いつもの如く皆でお弁当を食べることになったものの、とてもじゃないけど食欲は湧いてこない。
手を付けないままセラを凝視していると、眉尻を下げた彼女が僕へと話しかけてきた。


『食べないの……?』

「うん、食欲がないからいいや」

「なあ、総司。今日のお前変だけど、何かあったのか?」

「別に何もないよ」

「本当ですか?今日の沖田君は朝からおかしいですよ、なんだかピリついていますし……」

「今日は特に注意が必要な日なんですって、だからセラちゃんの護衛をいつも以上に徹底してるみたいよ?」

「え?そうなのか?」

「特に注意が必要ってどうしてです?まさかまた何かあったんですか?」

「いや、別に。でも伊庭君と平助も気をつけておいてね、この子に危害を加える奴が直ぐ近くにいるかもしれないから」


あまり余計なことを言えばセラを不安にさせるだけだし、かと言って気を抜く姿は見せることが出来ない。
周囲に気を配り常に殺気立てながら、セラの半径ニメートルは守備できる体制を整えていた。
あの大公子も僕が脅してからは大人しいし、これといった敵意は誰からも感じないけど。
それが逆に不気味でもあるから、正直誰のことも信用出来ない僕がいる。


『ご馳走様でした。私ちょっと出てくるね』

「え?どこに行くの?」

『中庭に……』

「行ったら駄目だ!」


セラの腕を掴み阻止すると、セラはその剣幕に驚いてしまったのか少し潤んだ瞳で僕を見上げる。


「まじでどうしたんだよ、総司。お前本当におかしいって」

「そうですよ、セラが怖がってるじゃないですか」

「……ごめん、でも中庭に行くのは駄目だよ。危険過ぎる」

『でもこの後の生物の時間に使う球根を取りに来てって先生に言われてるの。私日直だから……』


以前の時とは違う。
それは当たり前で、僕とセラが仲違いしていないからだ。
それでも中庭に呼び出されるというあまりにも似た状況に、僕はその場から一度動けなくなる。
行かせていい筈がないと、セラの腕を掴む手に力が入った。


『総司……、腕痛いよ……』

「あ、ごめんね……。でも、中庭に行くなら僕も行くよ」

『ありがとう……』

「なあ、俺達も行こうか?」

「僕も行きますよ」

「ありがとう、じゃあそうしてくれる?千ちゃんはどうする?」

「私は委員会の仕事があるから、別のところに行かないといけないの。だからまたあとでね、セラちゃん」


教室を出て行く千ちゃんを見送った後、セラと並んでぞろぞろと四人で中庭を目指して行く。
前回は立ち入り禁止の札が掛けられていたその場所は、今日は何事もなく他の生徒達がお弁当を広げ、楽しそうに昼食を摂っていた。


「……で?中庭のどこが危険なんだよ」


先生から無事球根の入った箱を受け取った後、平助は呆れた様子で僕に尋ねてくる。
それに応えもせず状況を振り返ると、一つの仮説が浮かんできた。
前回の立ち入り禁止が敢えて人払いをする為だったとしたなら、今回は最初からセラの命を狙う予定はなかったということになる。
つまり前回の黒幕は、この世界ではこの子に殺意を抱いていない可能性もあるし、前回とは別の機会を狙っている可能性もあるということだ。
結局のところ気が抜けないことには変わりないけど、その犯人は人目のつくところでは動かない。
つまり僕が徹底的に護りきれば、セラの命が脅かされることはないということだ。


『総司?大丈夫……?』


球根を抱えたセラは心配そうに僕を見上げると、愛らしい声でそう尋ねてきてくれる。
前回のこの時間はもう命を無くしていただろうこの子がこうして僕の目の前にいることが嬉しくて、思わず彼女の頬を優しく撫でていた。


「大丈夫だよ。君は僕が護るからね」

『総司……』

「おいおい!何触ってんだよ!」

「沖田君、騎士の決まりを忘れたんですか?離れて下さい」

「煩いな……、邪魔しないでくれる?」

「沖田君だけがセラの護衛をしているわけではないんですよ、勝手な行動は控えて下さい」

「しかも中庭は危険とか言っておきながら、何もねーじゃん。あー、心配して損した」

「どんな時も気を抜かないのが護衛のあるべき姿でしょ。君達はなってないよ」

「沖田君にだけは言われたくないですけどね」

「俺もそう思う」


運命が変わった。
そのことが僕の心労を少し軽くして、時間が戻ってから初めて空気を身体に取り込めたような気持ちになった。

ずっと苦しくて、でも抜け出せなくて。
今、ようやくあの惨劇を越えられて、また僕とセラの時間が動き始めた気さえしていた。
勿論まだ解決したわけではないし、セラから目を離せない。
けれどこの子の一番近くで彼女を護ることは、僕の目標でもあり生きる理由だ。
だからこれからも微笑むセラの横に、僕の居場所があり続けられますようにと願っていた。


- 163 -

*前次#


ページ:

トップページへ