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あれからの数日は、気づけばあっという間に過ぎていた。
学院に通いながら任務をこなし、大会のために鍛錬を積む日々は、正直なところ息つく暇もないくらい大変だった。
けれど今、僕のいる世界にはセラがいて、僕だけを真っ直ぐ想ってくれている。
その事実一つで疲れなんて吹き飛ぶから、ただ目の前の目標に向かって走り続けることができていた。

そして迎えた騎士団の大会。
澄み切った青空の下、大都市の闘技場は多くの人で埋め尽くされていた。
この大会は違う家紋の騎士も参加できるからか、思っていた以上に規模が大きく、観覧席は多くの人で埋まっていた。

思っていたより緊張しているのは、セラや近藤さんが観戦しているせいだろう。
加えて、この大会の結果は僕の専属騎士としての立場にも関わってくる。
いずれは近藤さんに僕とセラの関係を認めてもらいたい。
だからこそ、今日だけは絶対に負けられないと思っていた。

試合が始まってみれば、力のない者はすでに予選で弾かれているせいか、残っている騎士たちはそれなりに腕が立った。
それでも、特級騎士まで上り詰めた僕にとっては手の内のうち。
相手を裁くのは苦でもなく、順調に勝ち進んでいった。

伊庭君は準決勝の手前で惜しくも敗退し、準決勝では平助と刃を交えることになった。
互いに手の内を知り尽くしているだけに油断はできなかったけど、最後には僕が勝ちを掴んだ。

そして迎えた決勝戦。
そこに立っていたのは、見覚えのない顔。
どうやらうちの家紋の騎士ではなく、他の騎士団の者らしい。
ここまで勝ち上がってきた以上、確かに強いのだろう。
でも僕にとっては絶対に負けられない戦いだから、目の前の敵に全て集中して、剣を持つ手に力を込めた。


「試合開始!」


近藤家が主催する大会で、違う家紋の騎士が優勝してしまうことは近藤さんだって避けたい筈。
勝たなければいけない理由が増えて、僕は相手の動きに集中した。
初めて手合わせする相手だと、その剣筋も分からない。
まずは様子を見ようとその相手を睨み付けていた。


「試合の前に少しお話を宜しいでしょうか」

「……何です?」

「私は天霧と申します。北にあるグランディアで騎士をしている者です」

「グランディア……まさか王族の?」

「ええ、そうです」


北に広がるグランディア王国は、雪に覆われた峻厳な山脈と、その懐に築かれた堅牢な城塞で知られている。
僕の目から見ても、その国は強さと威厳を象徴する存在で、容易に心を許さない孤高の気配を纏っている印象だった。
そんな王族に仕える騎士が、なぜこの大会に出場しているのか。
眉を寄せた僕に、天霧という男は無表情のまま淡々と口を開いた。


「昨年、国王が崩御され、新たに若き王が即位されました。それ自体は慶事ですが……今、陛下は妃探しにご執心でして」

「……は?妃探し?」

「アストリア公国の公女様が大層見目麗しいと噂を耳にされたのです。そこで陛下は、その真偽をこの目で確かめよと私に命じられました。ゆえに、この大会への出場を拝命した次第です」


あまりの理由に、思わず唖然とする。
僕達が何年もかけて準備してきたこの大会に、そんな下らない命令で参加しているのか。
それ以上にもしそんな王の目にセラが映ってしまえば、危険極まりない。
嫌な汗が額を伝うのを抑えられなかった。


「……で?あなたが出場した本当の狙いは何なんです?」

「この大会で相応の結果を残せば、そちらのお嬢様にお目通りが叶うと踏んでおりました。しかし未だお姿を拝見できずにいたので、試合が終わる前に君に尋ねておきたかったのです」


……馬鹿げている。
これだけ多くの人が集まる場に、セラを飾り立てて連れてくるわけがない。
彼女と近藤さんは山南さんや山崎君に護られ、敢えて質素な装いで別席から観戦するよう、僕が事前に進言していた。
さらに先程から賞の授与はすべて騎士団団長の左之さんが行っている。
つまりたとえこの大会で優勝したところで、あの子や近藤さんに会う権利など、最初から存在しないというわけだ。


「残念ですけど、この試合で優勝しても、公爵様や公女様にお会いすることは出来ないと思いますよ。これはあくまで騎士団主催の大会ですから」

「やはり……そうでしたか。しかし、手ぶらで戻るわけにもいきません。せめてお嬢様のお顔だけでも拝見したい。どちらにおられるのか教えていただけませんか?」

「ああ、うちのお嬢様は……」

「……あちらに座っている方は、ただの街娘でしょうか。先ほどからとても目を引かれますが」


天霧の視線を追った瞬間、思わずぎょっとする。
会場から少し離れた席で、願うような眼差しをこちらに注ぐセラの姿があった。


「あはは、やだな……。あればただの街娘ですよ。さすがに王家の血を引く方が、街娘と婚約なんて出来ませんよね?」

「勿論。その通りです。妃にふさわしいのは、公爵家以上の家柄。そうでなければ国に繁栄は望めません」

「ちなみにうちの公女様は、あちらの方ですよ。噂通り、見目麗しいでしょう?」


僕がさりげなく指差した先にいたのは、以前セラの誘拐話を吹聴していた同じ学院の公女だった。
同じ身分の者を差すだけなら、多少の方便で済むはずだ。


「……あちらの方が?そうですか……」

「あれ?どうして剣を下ろしちゃうんです?」

「私が大会に出た理由は失われました。これ以上留まる意味もない。国へ帰ります」

「いや、待って下さいって!ここまできて不戦勝なんて納得いきませんよ」

「君の戦いぶりは先ほど拝見しました。見事でした。君が優勝で問題ないでしょう」

「優勝云々じゃないんですよ、僕にとって価値があるのは戦って勝つことだけです。騎士として最後まで全力を尽くす、それが礼儀じゃないですか?」


そう言い放ち、僕は相手を睨みつけたまま剣を構え直す。
すると天霧も再び剣を掲げ、その瞳にはこれまでなかった闘志の光が宿っていた。


「そこまで言うのであればいいでしょう、お相手致します」

「そうこなくっちゃね」

「その代わり、優勝を逃して後悔することになっても知りませんよ」

「僕だってそう簡単には負けませんよ。王族の騎士だか何だか知らないですけど、勝つのはこの僕だ」


互いに踏み込んで、剣がぶつかる音を聞きながら目の前の戦いに没頭していくこの時間が好きだ。
幼い頃から唯一剣を振るっている時だけは余計なことを考えずに、ただ夢中になることが出来ていた気がする。
そんな僕は今、初めて剣術以外に大切なものを見つけて、それを護る為に強くなりたいと思っている。
自分の強みで大切なものを護れることがどんなに貴重で幸せなことか僕は知っているから、絶対に負けるものかと剣を振り上げた。


「勝負あり!」


どのくらい撃ち合いをしていたのだろう。
気付いた時には歓声が上がり、僕の息もだいぶ上がっていた。
天霧という男は「素晴らしい腕前です」と言って去って行くが、あの男が本気で僕とやり合ったのかは不明だ。
ただ渡されたトロフィーの重さが、僕に現実味を与えてくれた気がした。


「総司、おめでとう!よくやったじゃねぇか!」


左之さんにそう言って貰えると、僕の身体からもようやく力が抜けて、ただ嬉しいという感情が沸き立ってくる。
セラを見れば泣いているのだろう、近藤さんや山崎君に宥められていたから思わず笑みを浮かべた僕がいた。


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