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城内での催しが全て終わり、私はお父様と自室に行くため三階へと上がった。
お父様の部屋の前、彼は私に向き直ると嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「いやあ、しかし総司は立派だったな。まさかこの短期間でここまで成長するとは驚いたよ。あの時セラが引き留めた理由が今ならよく分かるぞ」
『ふふ、私はお父様と一緒で人を見る目があると思ってるんです。総司は絶対優しくて信頼出来る人だと思ったんですよ』
「ああ、そうだな。総司になら安心してお前を任せることが出来る。本来なら専属騎士とは言え、嫁入り前の可愛い娘に常に男性騎士がついて回るのは心配でもあるのだが、総司なら安心だ!総司ならセラに手を出すこともしないだろうからな!」
お父様の言った手を出すの意味が具体的にどのようなことを言っているのかは分からないけど、少し複雑な心情で笑顔を作る。
『お父様は総司のこと、とっても気に入られてますよね?』
「ああ、そうとも。総司のような息子がいてくれたらと何度も思ったさ。そうしたらお前達は仲睦まじい兄妹だったろうな」
『ふふ、そうかもしれないですね』
「だが実際の血縁よりも絆の方が大事だ。これからも兄妹のようにお互い支え合って良い関係を築いていきなさい、いいな」
優しく私の肩に触れ部屋へと入って行くお父様に会釈をして、私も少し歩いた先の自室へと入る。
もしかしたらお父様は私と総司の関係に少しくらい勘付いていて、それを黙認してくれている可能性もあると期待していたけど……。
どちらかというと鈍いだろうお父様は、私と総司が兄妹として仲良くしていると思っている様子だった。
『はあ……』
いつか総司との関係を話した時、お父様には反対されてしまうのではないかという不安が、私の心に影を落とす。
総司が専属騎士に就任出来てとても嬉しい筈なのに、人生というものは一つ悩みがなくなってもまた新たな悩みが出てきてしまうものなんだと痛感した。
でも先のことばかり心配して、今を楽しめないのは一番嫌。
私の気持ちさえしっかり総司に向いていればお父様を説得することくらい容易い筈だと前向きに考えて、疲れた身体を解すためお風呂に入ることにした。
『総司、いつ来るのかな……』
今夜から来てくれるのかな、それとも明日になるのかな。
どちらにしても落ち着かない。
これからは会いたい時にいつでも会えるようになるなんて、いまだに想像することも出来なかった。
想いが通じてから月日はどんどん流れていったのに、私達は満足に二人の時間を確保出来ていない。
二人で沢山話はしたけど、それだけだとお付き合いしているとは言えないし……。
でも、お付き合いするって具体的に何をするものなんだろう。
『……のぼせちゃうから出よう』
本の中では、想いが通じ合ってハッピーエンドでそれでおしまい。
でも現実ではその先もずっと続いていくから、その続きが知りたいと思った。
シンデレラや白雪姫は、王子様と結ばれた後、本当に幸せになれたのかな。
昔は私もいつか王子様と結婚出来るのかな、したいな、なんて憧れていたけど。
妃教育を受ける大変さを知った今、王子様の妃になることがただ楽しいばかりではないことを悟ってしまった。
『王子様かあ……』
そもそも王子様より、私は好きな人と婚姻関係を結びたい。
家同士の繁栄も大切かもしれないけど、私は大好きな人とずっと一緒にいられる人生が一番幸せだと思っていた。
皆私と同じ考えだと思っていたけど、実際は割り切っている人も多くて、結婚と恋愛は別に考える方が気楽らしい。
私には到底そういう考えは出来そうにないと、小さくため息を吐いた時だった。
「王子様がどうしたの?」
ナイトドレスを身に纏いバスルームから出た私がぼんやり物思いに耽っていると、直ぐ傍から声が聞こえて身体を揺らす。
振り返ると隣接しているドアに寄りかかり、腕組みをしながら立っている総司がいた。
『総司……、もう今夜からここにいられるの?』
明日になる可能性も考えていたから、総司がいることが嬉しくて堪らない。
だから小走りで近寄り総司を見上げたのに、総司は何故かにこりともしてくれなかった。
『総司?』
「もしかして今日僕と戦った騎士が、どんな王に仕えてるのか気になってるの?」
『え?』
何を言われているのかよく分からなくて一度考えてみる。
思えば総司が決勝戦で戦った相手は、王家に仕えた騎士だと言っていたことを思い出した。
『ううん?全然気になってないけど』
「ふーん、まあ別にいいけど。おやすみ」
『え?あ、待って総司……』
総司は最後まで微笑んでもくれないまま、自分の部屋に戻ろうとして背を向ける。
慌てて私が総司の手を掴めば、振り返った総司はにやりと意地悪な笑みを浮かべていた。
「どうしたの?まだ僕と一緒にいたいの?」
『一緒にいたいよ。ずっと総司が来てくれるの待ってたのに、総司はもう行っちゃうの……?』
それは寂し過ぎると思うから、悲しい心情で総司を見上げていると、総司は眉尻を少し下げてようやくいつもの笑顔を見せてくれた。
「冗談だよ。遅くなってごめんね、騎士団の方でお風呂済ませてきたんだ。それにさっきまで山崎君から、専属騎士のあるべき姿……みたいな話を教えてもらってたからさ」
『そういうのがあるんだね』
「色々と細かくあるみたいだね。見てあれ、専属騎士のマニュアルだって。早めに目を通さないとね」
総司が目で示した先にあるのは、彼の部屋のデスクに置かれた紙の束。
量が多くて大変そうだけど、本当に総司が専属騎士になれたんだという実感が湧いて心音が早くなるのを感じた。
『私も一緒に読んで勉強するね。二人でゆっくり慣れていけたらいいな』
「君はいいよ、そんなことしなくて。僕がしっかり身につければいい話だからね」
『でも総司の仕事のことは私も知っておきたいの』
だって大好きな人のことは、一つでも多く知りたいし力になれることは協力したい。
そして少しでも一緒にいる時間を過ごせたらいいなと思いながら、総司の腕へと擦り寄った。
『総司、今忙しい?荷解きとかあるのかな?』
「ううん、まだそんなに持って来てないんだ。明日からゆっくり運ぶ予定でいるよ」
『本当?もし時間あったら私の部屋に来て貰ってもいい?』
「うん、勿論」
総司の手を引きベッドに腰掛けた私は、ベッドサイドのチェストからずっと渡したかった贈り物を取り出した。
『これ総司に。大会終わったら渡そうと思ってたんだ』
「ありがとう、セラ。開けてもいい?」
『うん』
総司とはこれから同じ時を過ごすことが増えていくと思うけど、この懐中時計が幸せな時間を刻んでくれたらいいなと思ってこれを選んだ。
どちらかというと実用性重視でこれを選んだから総司にとっては然程嬉しいものではないかもしれないけど、使って貰えたら嬉しいと思う。
「かっこいい時計だね、気に入ったよ。これから使う頻度も増えるだろうし、毎日大切に持ち歩くことにしようかな。ありがとう」
『こちらこそ専属騎士になってくれてありがとう。あとこれ手紙だよ』
「手紙まで書いてくれたんだ、早速読みたいんだけど」
『それは駄目……。恥ずかしいからこれは私がいないところで読んで?』
「はは、今読んだら駄目なの?気になっちゃうじゃない」
『手紙は私が寝てからにして』
「分かったよ。まあ君の手紙読んだら、僕泣いちゃうかもしれないしね」
『ふふ、泣いてくれてもいいけどね?』
総司は珍しく何も返事をしないまま、私の手紙を見つめて優しく撫でてくれている。
その横顔が少し切なそうにも見えてとても綺麗で。
思わず見惚れていると、私の方を向き言ってくれた。
「セラ、ありがとう。時計も手紙も凄く嬉しいよ。大切にするからね」
『うん』
「それに僕のことをずっと待っててくれてありがとう。ようやく専属騎士になれたから、これで君を誰よりも近くで護ることが出来る。それが今、嬉しくて堪らないんだ」
総司は時に凄く素直に胸の内を話してくれる。
その言葉は私が思わず照れてしまうものも多くて、今も心が温かくなるのを感じていた。
『私も嬉しくて堪らないよ。総司とこうやって二人でいられることが一番嬉しい』
会いたかった時、私は何度も何度も我慢した。
会えない日が続いても、なかなか触れ合えなくても、いつか総司が専属騎士になってくれると信じられたから、私も学業やその他のことにひたすら努力を重ねてこれた。
その結果が出た今、これからはもっと総司の近くにいたい。
総司に触れたいと思うから、その気持ちを込めて総司を見上げた先、彼の頬に優しく唇を寄せた私がいた。
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