8
セラの手から直接贈られた時計と手紙。
それがとても嬉しくて、心が温かくなるのを感じていた。
手紙の内容は分からないけど、セラのことだ。
きっと綺麗な字で一生懸命書いてくれたのだろう。
その姿を想像するだけでまた胸が熱くなるから、この子からの贈り物は死ぬまで大切にしようと考えていた。
『総司、専属騎士になってくれて本当にありがとう。私、今まで生きてきた中で今日が一番幸せだよ。これからもよろしくお願いします』
セラは涙目で、改まった様子で言葉を紡いでくれる。
僕の頬に唇を寄せた後、顔を赤らめ恥ずかしそうにする姿を見て、触れたい衝動が抑えられなくなった。
「そんな可愛いことして誘ってるの?」
『え?』
セラを引き寄せ唇を重ねると今日はいつもに増して互いの体温が熱く感じる。
鼻を掠める石鹸の香りも、いつもより身体のラインが分かるナイトドレス姿も、僕の理性を揺らすものでしかなかった。
だってここはセラの部屋で、もう夜も遅い。
彼女の直ぐ後ろにはベッドがあって、色々と込み上げてしまうのは致し方ない話だ。
この子に手を出すつもりは毛頭ないけど、そっと肩を押すと、小さな身体は柔らかくベッドへと沈んだ。
『総司……』
唇が離れると、潤んだ瞳で僕を見上げるセラの顔や表情が好きだ。
まるでもっとと強請るように囁かれる僕の名前は、どうしたって誘っているようにしか見えなかった。
正直、初日からこんな調子でこの先の自分が心配だけど、この子に触れられないよりずっといい。
僕は僕に許される限界まで彼女を愛でようと、細い髪を柔らかく撫でた。
「僕も専属騎士になれて嬉しいよ。これからも、君のことは絶対に僕が護るから」
ここまで、本当に長かった。
一度目の世界では掴む前に僕達は引き裂かれ、二度目のこの世界でようやく手にした専属騎士の称号は、僕がここに来たばかりの頃、何よりも欲しくてたまらないものだった。
こうして勝ち取った今、幸せ過ぎて実感が湧かないけど、目の前のセラが本当に幸せだと言わんばかりの笑顔を見せてくれるから、それだけでもう大満足だ。
「セラ、可愛いね。大好きだよ」
『私も……』
「これから毎晩、セラに触ってもいい?」
山崎君の話では、専属騎士とは言え内接のドアをあまり自由に出入りしてはいけないらしい。
あくまでも緊急時や呼ばれた時だけ使って下さいと何度も念を押されてしまった。
勿論それは予想通りのことだけど、僕はおそらくこの子に会いにあの扉を開けてしまうのだろう。
だってここにはこんなに愛らしく頬を染めるセラがいるんだから。
『うん、私も総司にたくさん触って欲しい』
「…………」
これは一体どういう意味で言ってるんだろうと、一回思考が停止する。
正解には停止させないと僕の方がまずい状態になりそうだったから、敢えて複雑に考えることをやめてセラを見下ろしていた。
そして彼女の反応を見るためそっと唇を耳に寄せると、そのまま弄ぶように撫でたり甘噛みしたりを繰り返した。
『や……ぁっ……』
「ん……」
『そう…………んっ……』
素直に身体を震わせ悶えるセラが可愛い過ぎて、もっといじめたくなる。
堪らずそこに舌を這わせると、余計に余裕のなさそうな声が漏れて、僕の服を掴む彼女の手にも力が入った。
『あのっ……』
涙目で僕の胸を押したセラはまるでいじめられた子供のような表情で僕を見上げるから、一度動きを止める僕がいる。
『耳じゃなくて……普通にぎゅってして欲しかったの』
先程の僕に触って欲しいと言ったセラの言葉の意味が分かり、僕の口元は弧を描く。
彼女の隣に顔を合わせるようにして寝転がると、良い香りのする身体をそっと抱き締めた。
「抜き打ちでセラの部屋に誰か入ってきたら、僕って追放されるのかな」
『ノックもなしに入ってくることは誰もしないから大丈夫だよ』
「それならいいんだけどね。でもこうして君に触れられるのは幸せかな」
セラは肯定するかのように微笑むと、僕の手を両手で掴みそのまま彼女の頬へと持ってくる。
僕を愛おしむように頬を擦り付ける姿が愛らしくて、また頬が緩んでしまった。
「君と出会ってから今まで色々なことがあったよね。一度は死を覚悟したのに、死刑直前に君が来てくれてさ。騎士団に入団することになった時は正直驚いたけど、あの日から僕は、君が用意してくれた道を一生懸命生きてみたいと思った。君を護れるように強くなることが僕にできる唯一の忠誠だと思ったから、絶対に誰にも負けたくなかったんだよ」
出会った時から僕はこの子に惹かれていて、いつからかその瞳に映りたいと思うようにもなった。
そのために強くなりたかったし、もっと僕を見て欲しくて、僕はあの手この手でセラの気を引こうとしていたと思う。
今思えば子供じみたことも多々してきてしまったけど、こうして君の瞳に映して貰えているから僕の選択は間違いばかりではなかったのかもしれない。
完璧にはなれなくても、少しでも君の理想に近づけたらいいと日々考えていた。
『総司は私の中でずっと特別だったよ。今でもよく思い出すんだ、総司が私の手を引いて走ってくれたこと。お城に戻って来てからかも、総司のことが気になって仕方なくて……。だから総司と一緒にいられる時間がもっと欲しいのにっていつも思ってた。でも総司が沢山努力して専属騎士になってくれたから、ようやく今それが叶ったよ』
ここまで時間は掛かってしまったけど、その分僕達の絆は深まったと信じたい。
会えない夜を越えて、ようやくこうして二人の時間が持てたのだから、今堪らなく幸せだ。
「君が必要としてくれる限り、僕はずっと君の傍にいるよ。それで君を護り続ける。それが僕にとって一番の幸せなことだからさ」
『……ありがとう。私はずっと総司といたいよ。今だけじゃなくて、これから先もずっと一緒にいたい。私は本当に総司が大好きだから、これからも私と一緒にいてくれる?』
セラが一生懸命に紡いでくれる言葉やその眼差しにまた心を奪われた。
もう何度こうして掴まれただろう。
数えるのも意味がないくらい、僕は毎回同じようにセラに夢中になる。
可愛くて、真っ直ぐで、僕だけを見つめてくれるその瞳。
この子にこんな言葉を向けられて、気持ちを持っていかれない男なんていないだろう。
それはまるで魔法みたいで、朝になっても、月日が流れても決して解けない。
一度この子を愛してしまったら、もう他の誰かなんかで埋められるはずがない。
だって僕の心は、とっくにセラに奪われたままだからだ。
「うん、約束するよ」
『ふふ、良かった。じゃあ総司は私のものね?誰にもあげないんだ』
「誰も僕のことは欲しがらないと思うけどね」
『何言ってるの?総司は学院でも凄い人気なのに』
「人気って?」
『女の子達がね、凄いかっこいい騎士様がいるって総司のこと話してるんだって千ちゃんが言ってた。私に隠れて女の子達と仲良くしてないよね……?』
「してないよ。いつもセラの傍にいるじゃない」
『でも選択科目が違う時とかどうなのかな』
「何もしてないよ。前にも言ったでしょ、僕はセラ以外興味ないよ」
『ふーん?』
僕は何もしていないのに少し不服そうな顔になってしまったセラに苦笑いをこぼす。
どちらかと言うと異性の目を引いているのはこの子の方で、僕達がガードしてるから接触を防げているだけなんだけど。
「まあ、君にやきもちをやいて貰えるのは悪い気しないかな」
『私はやきもちやきたくないよ』
「大丈夫だよ。最近思うんだよね、目の数が足りないなって」
『目?目の数?』
全く意味がわからないと言いたげな顔が可愛らしくて、思わず笑ってしまう。
「目が二つしかないから、君のこと見足りないなって思うんだ。僕の身体中に目が付いてたら、もっと君のことをよく見ることが出来るのにってさ。そのくらいセラのことが好きだから、他の子のことなんて見てる余裕ないよ」
『ふふ、変なの。嬉しいけど、気持ち悪い例え方だね』
「気持ち悪いって酷いな。本当にそう思ってるんだけどね、僕は」
『そういう話で言ったら、この前ヴァンパイアの物語を読んだんだけどね』
セラはとにかく本が好きで、空いた時間にはよく物語を読んでいるらしい。
度々その物語の話を僕にすることはあったけど、僕はそんな彼女の愛らしい顔を眺めるのが好きだった。
『男の人はヴァンパイアだから永遠に生きられるけど、相手の女の子は人間だから年を取っちゃうの。ずっと一緒にいられないから、その男の人は彼女を永遠に自分のものにするために血を飲み干して殺しちゃうんだけど、なんかいいなって』
「それのどこがいいの?好きなのに殺すって意味が分からないな」
『女の子も自分だけ年を取るのが辛いから、綺麗な時に好きな人の腕の中で死ぬことを望むんだよ。それでそのヴァンパイアは、一生その子以外は愛さないって心に決めて一人で生きていくの。素敵じゃない?』
「僕なら好きな子は殺せないし、護りたいって思うけどね」
『でも色々な愛情の形があっていいと思うな。私、総司がヴァンパイアだったら血を飲み干されて殺されたいもん……』
うっとりとした様子でそう語るセラの思想はよく分からないけど、ついからかいたくなる僕もいる。
「分からないよ?君しか愛さないとか言っておきながら、その子が死んでから他の子と仲良くしてるかもしれないじゃない」
『そんなことないよ……。どうしてそんな酷いこと言うの?』
「死んじゃったら、その後のことなんて分からないでしょってことだよ」
『総司は私が死んだら、そうやって直ぐ他の子に行っちゃうんだね』
「いや……、僕の話じゃないってば。そのヴァンパイアの話ね」
『私は信じてたいの。信じられなくなったら悲しいよ』
「そんな悲しそうな顔しないでよ、ごめんね」
すっかり悲しい顔になってしまったから、余計なことは言わなければ良かったと反省する。
そっと頭を撫でながらセラを見つめ、僕は言葉を続けた。
「でも僕だったら君を殺さない。殺したら会えなくなるんだよ、そんなの僕は耐えられないよ。だからたとえ君だけ年を取っていくとしても、君が寿命を迎えるまでずっと傍にいて最期はみとってあげたい。僕はそう考えるけどね」
『確かにそれも素敵だけど……』
「でしょ?」
『でも私だけ年を取るのは嫌だから、やっぱり総司には殺して欲しいと思う』
「僕が可哀想じゃない、君のいない世界でずっと一人で生きていかないとならないってこと?」
そう言って思い出してしまう以前の出来事。
最近はあの恐怖からもだいぶ解放されていたというのに、こうしてふと思い出してはまた漠然とした不安を僕に与えてくる。
「僕は無理だよ。君のいない世界では生きられない」
『でもどのみちヴァンパイアだから死ねないんだよ?』
「ヴァンパイアの話はこの際どうでもいいんだけどさ……。真剣な話、セラに先立たれるのは本当に辛いんだ。それなら自分が死んだ方がまだマシだよ」
『総司がいなくなったら、私も辛くて生きていけないよ……』
「そう思ってくれるなら、君も出来る限り頑張って生きてよ。殺されたいなんて言ったら駄目だからね」
ただの物語の話につい真剣になってしまったけど、セラは静かに頷くと嬉しそうに僕の胸に擦り寄ってくる。
その温もりを腕に抱きながら、僕達は夜通し色々な話をした。
今までの会いたくても会えなかった夜を埋めるように唇を重ね、たとえそれ以上のことが出来なくても幸せを感じる。
セラが嬉しそうに僕に笑いかけてくれるから、また一つ好きが積もった夜だった。
ページ:
トップページへ