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専属騎士になり数ヶ月。
僕がその職務にもだいぶ慣れてきた頃、気付けば入学してから八ヶ月という月日が流れていた。
僕達の学院では、今月末に学院祭が開催されるらしい。
僕達がその準備をし始めたのは、丁度三週間程前だった。
クラス毎の出し物は多数決でカフェの運営に決定したものの、何せ周りは高貴族の御子息やご令嬢ばかり。
給仕する側は新鮮らしく、皆でああでもないこうでもないと言いながらも楽しそうに準備をしていた。
「この衣装では、風紀が乱れるのではないか?」
今日は当日に着る衣装選びの日。
クラスの一人が統括している街のお針子に頼んだという衣装がずらりと並べられ、それを見たはじめ君が何やら顔を顰めている。
「わあ、可愛い衣装!動物がテーマって聞いてたけど、耳と尻尾がつくのね」
「そうみたいですね。鈴鹿さんはどの動物にされるの予定ですか?」
「私は絶対ネコがいいわ。尻尾が可愛いもの。伊庭君は?」
「僕は……そうですね。狐がいいでしょうか、耳が可愛らしいです」
「尻尾や耳は斬新で良い発想だとは思うが、スカートの丈が短か過ぎるのではないか?」
「でもそれが可愛いんじゃねーの?はじめ君は真面目過ぎるんだって」
「しかし……」
「学院祭まではあと一週間ですよ。今から衣装を作り直すのは難しいでしょうし、皆も盛り上がってますからいいじゃないですか。今回はこれでカフェを盛り上げていきましょう」
「よっしゃあ!俺どれにしよっかなー」
皆がはしゃぐ姿を横目に直ぐ近くにいたセラを見れば、何やら真剣な面持ちで何かを見つめている。
その手元を見れば、音楽の授業で使っている一冊の譜面が広げられていた。
「衣装選ばないの?」
『あ、うん。選ぶね』
「何見てたの?」
『ちょっと譜面を見てたの、歌詞覚えてて……』
歌のテストでもあるのかと思っていると、僕達の会話を聞いていただろう千ちゃんが笑顔で話し掛けてきた。
「セラちゃん凄いのよ、今度の音楽会で声楽の代表として歌を披露することになったんだって」
「え?そうなの?凄いね」
『ううん、本当は隣のクラスの王女殿下が歌われる予定だったんだけど、ご辞退されてね。先生に代役を引き受けて欲しいってお願いされたの』
「へえ、こんな土壇場で辞退とかあるんだな。ここから練習とか大変じゃん」
『今から練習して間に合うのか心配だよ。今までもピアノやヴァイオリンばかりに時間割いてたから、声楽はあまり得意じゃないんだよね』
「僕はテストの時、君の歌声が一番綺麗だと思いましたよ。王家の方がいらっしゃる場合はその方が毎年選ばれているみたいですが、位を気にせず選ぶとしたら君が選ばれるのが当然かと思います」
「俺も同じ意見だ。時間はあまりないがセラならば問題なく歌えるだろう。同じ曲目に出る故、演奏が必要な時はいつでも声を掛けて貰えたらと思う」
「僕もいつでもお手伝いしますよ」
『二人とも、ありがとう』
セラと同じ音楽を専攻している伊庭君とはじめ君を横目に、いまだこの子の歌声を知らないことに少し面白くない気分になる。
でも音楽会で聞けるのであれば、その日を迎えるのがより楽しみになった。
「でもその王女殿下もなんでこんな直前で降りちゃったんだろうね。本番まであと一週間じゃない」
「王女殿下の千鶴様とは以前に少しお話しさせて頂いたことがあるの。詳しくはわからないけど、小さい頃から病弱で学院にもあまり顔を出せていないみたいなのよね」
『そうなんだ……。大変なんだね。本当は音楽会も出たかったんだろうから、私もその分頑張らないとだね』
「だがルヴァン王国のあの双子に関しては、あまり良い噂を聞かない」
『双子?』
セラが小首を傾げると、はじめ君は顔色を一つ変えないまま頷いてみせる。
あまり大きな声で話せる内容ではないだろうから、彼を中心に僕達五人は顔を寄せた。
「裏では悪魔の双子と言われている。目を付けられるとろくなことにならないらしいな」
「そうなんですね。それが本当なら別のクラスで良かったですよ」
『うん……。私はいまだに王太子殿下はお見かけしたことないの』
「王太子殿下が薫様、王女殿下が千鶴様って言うんだけどね、会えばすぐにわかると思うわ。同じ顔していらっしゃるから」
「前に一度見たことあるけどさ、確かにすげーそっくりだよな。でも別に悪魔って感じの見た目じゃなかったと思うけど」
「だが王族に逆らえば下手すれば反逆罪に問われ死罪だからな。良くない噂が出回っている以上、注意するに越したことはないだろう」
その話が本当であれば、伊庭君の言う様に違うクラスで良かったと思う。
今のところ何の接点もないし、このまま関わらなければいい話だ。
「それより今は衣装選ぼうぜ!」
「そうね。これ男女ペアになってるんでしょ?」
「そうみたいですね。動物毎に担当するテーブルを決めているみたいです」
「そうなんだ。じゃあセラは僕と一緒にやろうよ」
『うん』
「セラは俺と狼を担当する予定だが?」
「はい?なに勝手に決めているのさ」
「髪飾りであれば、先程彼女に渡した」
セラは何かに気付いたように机の中から何かを取り出す。
そしてそれは狼の耳がついたカチューシャだった為、はじめ君の行動の早さに唖然とする。
『もしかして、これのこと?』
「ああ、そうだ。俺と一緒に狼を担当して貰えるだろうか」
「はじめ君、言っておくけどこの子の専属騎士は僕なんだよ。その僕を差し置いて、ただの友人であるはじめ君が出しゃばってくるのはおかしいと思うんだけど」
「ただの友人だと?言っておくが俺も以前打ち合いをした時よりはるかに腕が上がったと思っている。今はあんたより強い自信もある故、護衛であれば俺に任せて貰って構わない。あんたも学院祭の時くらい騎士の仕事を休んだらどうだ」
「申し訳ないけど、専属騎士に休みなんてないし、いらないから。そもそも専属の意味、知ってる?」
「勿論知っている。特定のものに属するという意味だ。だがあんたがセラ専属なのであって、セラが総司専属という意味ではないだろう。あんたこそ、何か勘違いしているのではないのか?」
「……は?」
「まあまあまあ!あんま喧嘩すんなって。じゃんけんで決めればいいじゃん」
「嫌だよ、半分の確率で負けるじゃない」
「ならば辞退するか?」
生意気なはじめ君の態度に苛立って、無言でその距離を詰める。
そして耳元で「セラの手を握って迫ってたこと、近藤さんに言っちゃおうかな」と囁いてみると、その眉はぴくりと動いた。
「……何の話だ」
「忘れたとは言わせないよ?だいぶ時間は経っちゃったけど、僕は脅されて言えなかったことにすればいいし」
「今更そのような話をしたところで、信憑性もないと思うが?」
「何年もお世話になってる僕と、全然会ってない君と。近藤さんはどちらの言うことを信じてくれるのかな。まあ確実にマイナスイメージにはなるよね」
「くっ……」
セラとの将来を夢見ているはじめ君は、やっぱり近藤さんを敵に回したくはないらしい。
悔しそうに僕を睨みながらも言ってくれた。
「今回だけはあんたに譲ってやろう」
「わーい。ありがとう、はじめ君。君がやりたかった狼は残しておいてあげるから元気出しなよ」
僕らの言い合いが長過ぎたのか、セラは再び譜面と睨めっこして一人の世界に入ってしまっている。
衣装ブースから選んだ一つのカチューシャを彼女の頭に付けてみると、顔を上げたその顔はとても可愛らしかった。
「うん、可愛いね。似合ってるよ」
『一緒の動物にする?』
「勿論。君と僕は羊ね」
白いふわふわの毛で覆われた耳は外側に少し跳ねていて、セラに付けるとよく似合っている。
渦を巻いた桃色の角も可愛いし、僕の角は少し違って茶色だから、それも気に入った理由の一つだ。
『総司もつけてみて?』
「はい、つけたよ。どう?」
『ふふ、似合ってる。とっても可愛い』
とっても可愛いのは君の方だけど、準備していたものが形になっていくと学院祭を迎えるのが楽しみに思えてくる。
セラと過ごす思い出がまた一つ増えることを嬉しく思いながら、彼女に微笑んだ僕だった。
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