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『Et je suis toute éblouie〜』

「お嬢様、もう少し綺麗に発音を。お腹から声を出して」

『はい、気をつけます』


音楽会でソロの声楽を披露することになってしまった私は、学院から帰って直ぐお父様と山南さんに報告をした。
お父様が喜んで私の晴れ舞台を見に行くと言ってくださったのはいいものの、これから一週間はみっちり稽古に励むことになった。
王女様の代わりを務めるのだから、今のままではとても皆様にお聞かせできる歌声でない。
だから練習出来る環境が整えられているのは有り難いのだけど、声楽の先生は厳しくて実は少し苦手だったりする。


「お嬢様、お顔を上げて。ゥルッの発音をもっと美しく!」

『は、はい……!』


歌詞もフランス語だから発音が難しいし、緊張すると声が出なくなるからいくら練習したところで心配は尽きない。
長時間の練習を終えて少しげっそり気味に自室へと戻ると、ノック音と共に部屋に入ってきた総司が私の顔を見るなりくすくす笑っていた。


「だいぶ扱かれたみたいだね」

『うん、私が下手だから仕方ないよ……』

「そう?上手だったよ」

『え?もしかして聞いてたの?』

「だって僕は専属騎士だよ?君の同行は細かく気にしていないとね」

『お城の中までは護衛しなくていいよ、しかも勝手に聞かないで』


あんな歌声や怒られている姿を総司に見られていたなんて恥ずかし過ぎる。
少し項垂れ気味にソファーに腰掛けると、総司は平助君から貰ったテディを退かして私の隣に腰掛けた。


「邪魔だね、このくま」

『デディをいじめないで』

「じゃあ僕とこのクマ、どっちが君を癒してあげられると思う?」


総司は悪戯に微笑むと、私を引き寄せいつものように優しく髪を撫でてくれる。
温かい手が頬を撫でて耳を通り髪を梳く、その総司の触れ方が大好き。


『総司かな』

「だったらもうそのクマはいらないね」

『デディはお部屋を飾る調度品としても可愛いよ』

「僕も君の部屋の調度品にしてよ」

『それはちょっと……』

「何その反応。地味に傷付くんだけど」

『調度品は勝手に動かないでしょ?』

「世界初の動く調度品として僕を置かれてみるはいかがですか、お嬢様?」


ふざけてばかりの総司の言葉に笑って、さっきまでの暗い気持ちがなくなったことに気付く。
私はこの人の存在にいつも救われていると思いながら、総司の温かい胸に擦り寄った。


『音楽会は少し気が重いけど頑張るね。それに総司と初めての学院行事だから凄く楽しみなんだ』

「僕もだよ。君の羊メイド姿も楽しみだしね。今日はなんで試着しなかったのさ」

『早めに歌詞を覚えておかないと練習出来なさそうで、それを優先しちゃったの。衣装はそれぞれ持って帰るって言ってたから、帰ってから着ればいいかなって思って』


あの後、皆はそれぞれメイド服や執事の服を試着していたけど、私は譜面に夢中で正直それどころではなかった。
そのおかげでお城でのレッスンを今日からスタート出来たものの、総司は少し残念そうに私を見ている。


「見たかったんだけどね、君のメイド姿」

『当日に着るからその時見て?』

「待ちきれないから、今着てみてよ。サイズが合ってるか僕が見てあげる」

『ううん、一人で着るのは恥ずかしくて嫌だよ』

「なんでさ。じゃあ僕もまた着たっていいけど?」

『そういうことじゃなくて……』

「意味が分からないな」


改まって総司の前で着るのは恥ずかしいと思う。
まだ私も着たところを見てないし、似合わなかったら悲しいし。
千ちゃんの猫耳メイド姿が可愛過ぎたから、それを見た後に着るのも少し心配。


『総司の執事姿、とってもカッコよかったよ。羊もぴったりだった』

「セラも似合うと思うよ。だから着てみてよ」

『私はいいよ』

「着てくれないと、僕は多分一週間これを君に言い続けると思うよ。それでもいいの?」


総司は自分の納得しないことには首を縦に振らないから、多分本当に言い続けそう。
サイズが合わなかったら繕わないといけないし、確かに一回着てみるべきだろうと私は立ち上がった。


『じゃあ着てみるね?バスルームで着替えてくる』

「うん。待ってるよ、ちゃんと耳と尻尾も付けてよ」


少し嬉しそうにしている総司の様子に笑って、メイド服を片手にバスルームへと入る。
身長と体格的にSサイズにしたけど、丁度いいといいな。


『丈が短い……』


メイド服を着てみると、サイズは丁度良さそうだけど丈が心許ない。
制服も普段のドレスより短いものの、このメイド服はそれよりもっと短かった。
思い返すと千ちゃんもこんなような感じで着ていたから、多分こういうものなんだろうけど。
脚が涼しくて、少し慣れない私がいる。


『あとは靴下だね』


短めのくしゅくしゅした白い靴下を履いて、首にチョーカーのようなものを付け、耳と尻尾も忘れずに。
少し恥ずかしい気持ちで総司のところまで行くと、ソファーに座ったまま待っていた総司が目を瞬いた。


「可愛いね」

『ありがとう』

「可愛いんだけどさ」

『どこか変……?』


身なりが気になって後ろの腰辺りを眺めた時、総司に腕を引かれて気付けばソファーで総司に組み敷かれる体勢になっていた。


「可愛い過ぎて襲いたくなるんだけど」


総司の言葉に目を見開く間もなく唇が降ってきて、それを受け入れることしか出来なくなる。
私の脚の間に総司の脚があるから閉じたくても閉じられなくて、そのことに気付けば恥ずかしさが倍増した。


『んっ……』


キスはいつも通り優しいものだったけど、全然止まる気配がなく、彼の温かい手が私の脚を撫でると思わず身体がびくりと揺れた。


『や、総司……』

「可愛い過ぎるから、こんな格好で学院の中を歩かせるの心配だよ」

『総司……恥ずかしいから……もう退いて……』

「どうして?こんなに可愛いんだから、もう少し触りたいな。駄目?」

『で……も……』


総司といるとたまに、自分から出る声が自分のものでないみたいに弱々しくなって、それがまた自分を恥ずかしくさせる。
それにいつも優しい総司も、こういう体勢の時は押してもびくともしなくて、男の人なんだなって実感させられる。
それが余計に私を恥ずかしくさせるから、結局恥ずかしいで頭がいっぱいになる。


「セラ、顔が真っ赤になってるよ。そんなに恥ずかしいの?」

『うん、だからもう……』

「どうしてそんなに恥ずかしいんだろうね。いつもこういうことはしてるのに」

『そうだけど、でも……今は駄目なの……』

「だからどうして?ああ、脚が出てるから恥ずかしいのかな」


再び温かい手が柔らかく膝を撫でて、擽ったくて身を捩る。
その温もりが徐々に太ももへと上がっていくと、身体にぞくりという感覚が走って思わず目をきつく瞑った。


「ごめんね、そんなに怖がらないでよ」


気遣うように額に総司の唇が触れて、そっと目を開けると柔らかく微笑む総司がいる。
頬に添えられた温かい手に包まれて、優しく唇が重ねられた。


「可愛い羊さん、狼のはじめ君に狙われないようにしないとね」

『はじめは総司みたいなことしないよ?』

「絶対そんなことないと思うよ。はじめ君みたいなタイプに限って、暴走すると止まらないってことはあるかもしれないしね」

『そうかな?総司が狼にした方が良かったんじゃない?』

「僕が狼になったら本当に君を襲っちゃうかもしれないけど、それでもいいの?」


総司の言葉にまた顔に熱が集まるから、急いで首を横に振る。


「そんなに嫌がられると傷付くな」

『総司が変なことばっかり言うからだよ……』

「変じゃないよ。好きな子と色々したいって思うのは普通のことだと思うんだけどね」


色々したいの意味を考えてしまったら、よく分からないけど恥ずかしくなってまた顔が一気に熱を帯びたのに総司から目が離せなくなる。
総司がそんなことを考えているなんて知らなくて、どう答えていいかも分からなくなった。


「ぷっ……ははっ、君の……その顔っ……」

『……どうして笑うの……?』

「なんか僕を信じられないものを見るような目で見てたからさ」

『だって少し驚いちゃって……』

「別に僕は変な意味で言ったわけじゃないよ。可愛い羊になった君を愛でたり、からかって遊んだり、いつもよりちょっと沢山触らせて貰ったり?襲うって言っても擽ってみたりとかさ。そういう色々がしたかっただけなんだけどね」


なんだ、そうだったんだ。
私はてっきり未知なことを想像してしまったから、自分の浅はかさを反省をする。


「なんかやたら驚いてたみたいだけど、君はどんな色々を想像してたの?」

『別に特には……?』

「へえ、本当かな?顔真っ赤だったけどね」

『そんなことないけど……』

「ねえ、どんな想像してたの?教えてよ」


別に普段からそういう想像をしているわけではない。
ただお付き合いしたり、結婚したり……そういうことの後に何をするのかくらいは私だって勿論知っていた。
でも子作りという名の触れ合いが最終的にどういう行為なのか、正直よく分かっていない私がいる。
ただそれを意識してしまうと恥ずかしいから考えないようにしていたのに、総司の言葉は半ば無理矢理私をその思考へと持って行こうとするから、もう限界とばかりに声を絞り出した。


『も、もう……あんまり意地悪しないで……恥ずかしくて死んじゃう……』


許容範囲を超えて恥ずかしくなり、思わず顔を掌で覆う。
その手は直ぐに外されてしまったけれど、私を見下ろす総司はいつもの優しい総司に戻っていた。


「ちょっとからかい過ぎちゃったかな、ごめんね」


頬に触れた総司の手は、私の顔が熱過ぎるせいかあまり温かくは感じなかったけど、心地良いのには変わりなくて。
近付く唇を受け入れるように目を閉じると、柔らかい感触が角度を変えて何度も降ってきた。
ドキドキするけど心地良くて、総司のキスはずっと続けて欲しいと思う。
もしもいつか総司ともっと色々したら、それも気持ち良いものなのかな。


「真面目な話、こんな格好で接客なんてして大丈夫なのかな。近藤さんが見たら卒倒しそうなんだけど」

『お父様にはこの格好は見せないでおこうかな』

「その方がいいかもね。あとは僕がちゃんと君の傍で護るから安心して」

『ありがとう。でも総司も気をつけてね?』

「僕?僕が何に気をつけるのさ」

『これ以上女の子の人気集めたら駄目だよってこと』


学院で執事の装いをしていた総司は、物凄く格好良くてドキドキした。
でもクラスの女の子達が総司を見て目を輝かせてたから、無性に心配になってしまった。


「セラはやたら心配するけど杞憂だよ。こんな可愛い羊を放ってどこか行くと思うの?」


むにむにと頬を撫で回されてそんなことを言われても信憑性に欠けるけど、総司のことは信じている。
でも信じているのと不安にならないことは違うから、総司に腕を回してその体温に身を寄せる私がいた。


『放っておかれたらどこか行っちゃうからね』

「どこかってどこさ」

『分からないけど、どこかの王子様のところとか?』

「絶対駄目だよ、そんなことしたらその王子を殺しに行くから」


冗談で言ったのに、私を見下ろす総司の瞳が真剣に怖かったからこの冗談は良くなかったと今日二度目の反省をする。


『あの……冗談だからね?』

「そういう冗談は好きじゃないな」

『ごめん……』

「そもそも君を放っておかないよ。ちゃんと誰にも取られないように僕がずっと傍にいるから」


再び頬は温かい総司の手に包まれて、その一秒後には唇が触れる。
その瞬間が堪らなく幸せで、何回繰り返してもときめきは消えなかった。
いつまでも慣れなくて、私はずっと総司にドキドキしてしまうけど。
このドキドキも総司を好きな証だから、愛おしい温もりに身を預けた私がいた。


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