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学院祭を前日に控えた日。
私は学院で明日の音楽会に備えて練習を行なっていた。
声楽は私が担当し、ピアノは伊庭君、ヴァイオリンははじめ。
音楽室で先生に指導して頂くと、先生は嬉しそうに拍手を送って下さった。
「素晴らしいわ!皆よく合ってるし、何より歌声がとても綺麗よ。歴代の中でも素晴らしい音楽会になると思うわ」
「練習、頑張ったのね」、そう声を掛けてくれる先生の言葉を聞いて、少しだけ自信が持てるようになるから不思議。
先生にお礼を告げて、去って行く彼女に頭を下げた。
「練習お疲れ様でした。君の歌声、とても綺麗でしたよ。明日は頑張って下さいね」
『二人の演奏もとても良かったよ。はじめと伊庭君のお陰で沢山練習出来たから助かったよ、ありがとう』
「セラの歌声は透き通っていてとても綺麗だと思う。やはりセラが引き受けて正解だったな」
『そんなことはないけど、ありがとう』
「斎藤君の言う通りですよ。こうして聞いてみても君の歌声が一番聞き心地が良いんです、なので僕達も君に代わって良かったと話していたのですよ」
首を横に振ろうとした時、かたんという音が鳴り、音楽室には誰かが入ってくる。
まだ一度しかお見かけしたことはなかったけど、その人は声楽のソロを辞退したルヴァン王国の王女殿下ご本人だったから、私達は咄嗟に頭を下げた。
『お初にお目にかかります、王女殿下。アストリア公国、近藤家が娘、セラと申します。王女殿下の御高名はかねてから父より伺っております』
私に続き、伊庭君とはじめも挨拶の口上を述べると、王女殿下はにっこり微笑んでくださる。
その顔があまりに可愛らしくて、思わず見惚れてしまう私がいた。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。そんな畏まらず、仲良くして頂けたら嬉しいわ」
『お心遣いありがとうございます、王女殿下』
「あなたのことは私も存じています。私の代わりに声楽をご披露してくださると窺いました。急でしたのに、引き受けて下さりありがとう」
『いえ、王女殿下の代役を務めさせて頂き大変恐縮ですが、そう言って頂けてとても光栄です。明日は出来る限り頑張って努めさせて頂きますね』
「今あなたの歌声を聞いてたのですが、とても素晴らしかったですよ。そちらのお二方がおっしゃっていた通り、私よりあなたが引き受けて下さって良かったです」
終始笑顔の王女殿下。
けれど先程の伊庭君やはじめの言葉を聞いた上での発言だと分かったからこそ、私達は一度言葉を失う。
けれど懸命に言葉を探し、真っ直ぐに彼女を見つめて口を開いた。
『とんでもございません。私は声楽歴も浅く粗相ばかりで、あまりに私が明日を不安に思っていたので、この方達も丁度今懸命に私を励まして下さっていたのです』
「ふふ、そんなに気になさらないで下さいね。私今あなたとお話出来てとても嬉しんです。見目麗しいお人形のような公女様……そう聞いた時からあなたのことがずっと気になっていたの。お人形のようにお城の中で大切にされていらっしゃるのがよく分かります」
王女殿下は私に近寄るなりあまりに綺麗に微笑むから、女の子相手なのに心臓が高鳴るのを感じていた。
『王女殿下の方がずっとお綺麗です、思わず見惚れてしまいました』
「ふふ、頬を染めて本当に可愛らしい方。明日は楽しみにしています、健闘を祈っていますね」
去って行く後ろ姿を見送った後、私は思わず息を吐き出す。
『緊張した……』
王家の方と言葉を交わすのはこれが初めて。
粗相がなかったか不安だけど、とても優しそうな方だった。
『素敵な方だったね、とても綺麗で私ドキドキしちゃった』
「僕も緊張しました。それに彼女の眼差しには少し怖さを感じたと言いますか……。僕は少し苦手かもしれません」
「ああ。噂になるだけはあるのかもしれないな」
『え?そうだったかな?凄く丁寧でわざわざお礼まで仰って頂けたけど……』
「セラは人が良過ぎますよ……。君のことも明らかに良くない意味で仰られてることもあったじゃないですか」
思い当たるところがなくて首を傾げてみると、伊庭君とはじめが苦い顔をして私を見ていた。
「明日で声楽も終わる故、これからも然程関わることはないだろう。あの程度であれば気にしなければ済む話だ」
「そうですね。まずは明日、万全の体調で臨めるように頑張りましょう」
『うん。ここまで練習頑張ったから、明日は三人で良いステージにできるといいな。私、頑張るね』
不安で仕方がなかった音楽祭。
二人に支えて貰いながら努力をしたら、自分でも納得の出来る仕上がりまで持っていくことができた。
明日は緊張するだろうから、まだ心配はあるけど、頑張ったからきっと大丈夫。
そう言い聞かせて、同じステージに上がる伊庭君とはじめに微笑みを向けた。
公爵邸に帰り、夕飯を摂り終えた後。
お父様に呼ばれて総司と執務室へ行くと、大きな紙箱が手渡される。
これはお父様から私への贈り物らしい。
ドキドキしながらそれを開けると、綺麗な淡いグリーンのドレスが入っていた。
『わあ、綺麗なドレス……。お父様、ありがとうございます……!』
私が抱き着きお礼を言えば、お父様もにこにこ嬉しそう。
広げてみるとトップスから流れるようにビーディングレースとグリッターが散りばめられていて、スカート部分は三色を重ねたニュアンスカラーがとても綺麗なドレスだった。
「フランス語の楽曲を歌うと言っていただろう。お前の好きなフランス製のドレスにしてみたのだが気に入って貰えたかな?」
『とっても気に入りました。本当に素敵なドレス……幸せです』
「明日はお前の晴れ舞台だからな。これを着て存分に歌って欲しい。俺も山崎君と山南君を連れて観に行くからな」
『どうもありがとうございます……!私、今日先生にも褒めて頂けたんです。お父様がいらしてくれるなら、私とっても嬉しいから精一杯頑張ります。このドレス、明日大切に着させて頂きますね』
「ああ、そうしておくれ」
私達のやり取りを見て、総司も優しく微笑んでくれている。
応援してくれる人がいると頑張る気持ちや勇気も湧いてくるから、明日はどうか良い舞台になりますように。
皆を笑顔に出来るそんな歌声を披露できますようにと願っていた。
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