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嬉しそうにドレスの箱を抱えるセラの横、僕は歩幅を合わせて歩きながら微笑ましい気分になる。
近藤さんとセラのやり取りは見ていて心が洗われると言えばいいのだろうか。
愛情があり、互いを尊重し合っている理想の父娘の姿に見えた。
「お嬢様、そちらの箱は僕がお持ちしますよ」
学院や二人きりの時以外、なるべく言葉に気を付けている僕は、廊下を歩く彼女の手からドレスの箱を受け取る。
そうすると嬉しそうに微笑んだセラは、「ありがとうございます」なんて会釈をしてくれるから、その姿もまた良いと思う。
『明日、楽しみだな』
部屋へと入ると、セラは嬉しそうに再びドレスを広げて鏡の前であててみている。
彼女の透き通った肌によく合いそうな、綺麗な色のカラードレスだった。
「僕も君の声楽を聞けるの楽しみにしてるよ」
『明日頑張るね。あと総司と平助君がお父様達のお席を確保してくれたって聞いたよ、どうもありがとう』
「そのくらい任せて。一階は全てフラットだし生徒も多くて落ち着かないって聞いたから、二階席の最前列にしたんだけど平気?」
『うん、その方が皆も落ち着いて見られると思う。本当にありがとう』
セラはいつも惜しみなく感謝の言葉を素直に伝えてくれるから、少し気恥ずかしく感じながらも嬉しいと思う。
愛らしい笑顔でありがとうと言われると、この子の為になんでもしてあげたいと思ってしまう僕がいて。
だからこそこの子の周りの人達は、彼女に温かい手を差し伸べる人達ばかりなんだろうと考える。
「最初は心配してたみたいだけど、結果的に良かったね。練習も凄い頑張ってたし」
『折角皆が楽しみにしてくれてるから、少しでも良い音楽祭にしたいって思ったんだ。成功するといいな』
「君なら大丈夫だよ。ここまできたら、あとはリラックスして楽しむことを考えないとね」
『確かにそうだよね。私明日は楽しんで歌ってくる。総司に惚れ直して貰えるように上手に出来たらいいな』
少し照れながら僕を見上げる様子が可愛らしくて、思わず笑ってしまう僕がいる。
「セラは欲張りだね。こんなに好きなのに、まだ僕に好きになれって言うの?」
『だって総司にはずっと大好きでいて欲しいもん』
「もう好き過ぎるくらい大好きなんだけどね」
後ろから柔らかい身体を抱き締めると、僕より小さい身体は余裕で腕の中へと収まる。
髪に口付けを落とし良い香りを吸い込んで、その温もりに心地良さを感じていた。
『私も総司が大好き。さっき思ったんだけどね、このドレス、総司のくれたスフェーンのペンダントに色がぴったりだと思わない?』
「本当だね、よく似合ってるよ」
『明日は総司とお父様に見守ってもらいながら歌えるってことだよね。嬉しいな』
「そうだね。そう言えば、今日舞台の確認に行って舞台裏に待機していいか聞いてきたんだ。でも楽器を舞台裏に沢山置くから、音楽祭の間は観客席で観てて欲しいって言われちゃったんだよね。でも君から離れるのが心配でさ」
『いつも気にしてくれてありがとう。舞台に上がる時は伊庭君とはじめも一緒だから大丈夫だよ。総司はお父様と一緒にいて貰ってもいいかな?』
「勿論いいよ。じゃあ君が舞台に上がってる間は、平助と近藤さんの護衛をしながら君を見てるね」
『うん。総司のことを想って歌うから聞いててね』
僕の腕の中で振り返ったセラは、僕を抱きしめ返していつもの如く胸へ擦り寄ってくる。
この甘え方にも慣れたけど、いつでも僕の頬は緩むから不思議なものだ。
「歌詞はフランス語なんだよね。どういう意味の曲なの?」
『本当は女性が一番、男性が二番を歌って最後は二人で歌う曲なの。今回は声楽経験者の男性がいなくて私一人で全部歌うけど、それぞれが自分のいる場所をやっと見つけられたって気付く歌なんだよ』
「へえ、自分の居場所ってことか」
『うん。ようやく大切な人に巡り逢えて、世界がまるで昨日とは違う風に見えるっていう歌詞なの。私にとって、総司は一番大切な人だし私の居場所だから、総司に向けて歌いたいなって思ってるよ』
嬉しそうに僕を見上げてそう言ってくれるセラの言葉が純粋に嬉しかった。
僕にとってもこの子は一番大切な自分の居場所だからだ。
「それを聞いたら明日が益々楽しみになってきたよ」
『明日色々楽しもうね。カフェもあるし、後夜祭もあるし』
「そうだね、明日は沢山動くことになりそうだから早めに寝た方がいいんじゃない?」
『うん、そうする。でもお風呂出たらもう一回会える?』
「うん、いいよ。じゃあ寝支度整えたら、またここに来るよ」
『うん、後でね』
正直専属騎士になったら、僕ばかりがセラの傍にいたいと思ってしまうのではないかと懸念していた。
けれどセラは僕が言わずとも、僕と過ごす時間を大切に思っていてくれるから、それが心地良くて嬉しかった。
それから暫くして寝支度を終えた僕は、約束通り隣の彼女の部屋に行く。
すると髪を梳かしていたセラは、ブラシを置くなり嬉しそうに僕の手を握ってきた。
『そう言えば今日初めてルヴァン王国の王女殿下とお話したんだよ』
公爵邸に戻ってきてから、伊庭君にはその話を聞いていた。
彼の顔付きや口振りからはあまり良い印象ではなかったようだけど、はじめ君の言っていた噂通りならセラには近づかせたくないと思う僕がいる。
「そうらしいね。さっき伊庭君から少し聞いたよ」
『凄く綺麗な方でね、私……とってもドキドキしたの。総司以外にドキドキするのは初めてだから、変な気持ちなんだ……』
少しぼんやり気味に話すセラは、彼女とのことを思い出しているのか少し頬を赤くしていた。
「……まさか君、そっちの方もいけるわけじゃないよね」
『そっちのほう?』
「女の子相手に恋愛出来ちゃうわけじゃないよねってこと」
『ええ?そんな……違うよ、王女殿下のことをそんな汚らわし目で見てないよ……』
「はは、別に汚らわしいとまでは言わないけどさ。駄目だよ、僕以外にドキドキしたら」
王女殿下にセラの心が持っていかれても困るから、それを上書きするように彼女の色付いた頬を撫でる。
そうすると今はもう条件反射のようにセラの瞳は伏目がちに僕の唇に向けられるから、僕は君にキスをする。
この瞬間、僕は堪らなく君を愛おしく感じるんだ。
「危なっかしいな。あの王女殿下の噂は聞いたでしょ?なるべく関わらないようにしなよ」
『代役を務めたことにお礼言って下さっただけだよ。あと明日の舞台も楽しみにしてるって激励も頂いたの』
「それならいいんだけどね」
『それより総司があんな綺麗な人を見たら、王女殿下のことが好きになっちゃうかも……』
「いや、僕だって見たことくらいはあるよ。でも別になんとも思わないし、君の方がずっと可愛いと思うけど」
そう言ったところで伏目がちのまま何も言わないセラは、余程その王女に見惚れてしまったのか首を横に振っている。
『上手く言えないけど、不思議な魅力のある方だったよ』
王女の話には興味がなくて、セラの柔らかい髪を黙って撫でる。
するとふと、彼女の身体の一部に触っていたくて、よく髪を撫でていた昔の自分を思い出した。
「僕はセラのことをそう思ってたよ。どうしてか目が離せなくてさ、誘拐の見張りをしていた時も正直君が倒れたり傷付けられたりしないか気になって仕方がなかった。今考えると変な話だけどね」
檻の中のセラは本当に儚く見えたし、あの状況も相成りその存在の存続がとても危うく感じた。
それなのに僕を見上げる瞳はあまりに綺麗だったから、引き込まれる反面その瞳で見つめられることに居心地の悪さも感じたことをよく覚えている。
そんな今まで抱いたことのない自分の感情に気付きたくなくて、気持ちを押し殺したまま見張りを続けていたけど、この子が傷付けられようとしているところを黙ってみていることは到底出来なかった。
それどころか最後は絶対に護りきりたいとすら思っていた気がする。
『私、あの時総司と出会えて本当に幸運だった。あんな刺激的な出会いも早々ないよね?』
「はは、確かにそうだね」
『だから余計に総司とは特別な繋がりみたいな……そういうのを感じるんだ』
「そうだね。僕は君との繋がりがいつまでも続くことを願ってるよ」
顔を綻ばせたセラと指を絡ませ、一年後二年後、これから先もずっとこの子といられる未来を望む僕がいる。
例えその繋がりが細く頼りないものになったとしても、そこに繋がりがある限り僕は決して諦めないから。
どうか切れてしまうことはないようにと願っていた。
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