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学院祭当日。
朝から学院の中は人で溢れ、賑やかな声や楽器の音が絶えず響いていた。
普段は落ち着いた校舎が、今日は色鮮やかな布や花で飾られていて、まるで別の場所のように思える。
親族や友人、学院に縁のある人達が行き交い、屋台や展示の前では人だかりが出来ていて、歩くだけでも胸が浮き立つような熱気に包まれていた。
それぞれ自分の役割を果たしながらも、空いた時間には皆で催しを覗いたりして、忙しいのに不思議と楽しい時間が過ぎていった。
そして昼頃、僕とセラが担当するカフェが開店すると、ちょうど食事時だったせいか、想像以上のお、客が押し寄せてきた。
慌ただしくなっても、セラは落ち着いて上品に立ち振る舞い、丁寧に紅茶を注いでいる。
その愛らしい仕草や柔らかな微笑みに、自然と周りの視線が集まっていくのが分かった。
声をかけられることも多く、気付けばセラの周りには絶えず人が集まっていて、彼女がこの場で一番の人気者になっているのは明らかだった。
「羊のお嬢さんさん、ケーキ注文したいんですけど」
「そちらの羊さん、こちらも接客を頼めますか?」
「ねえねえ、羊のお姉さん。この後暇?俺達と文化祭、回りません?」
若い男からおじ様と呼ばれる年代まで、皆こぞって羊を指名しているけど、ここは指名制じゃないんですけど。
セラも笑顔で接客なんかする必要ないのにと思えば、僕の心中には苛立ちしか込み上げてこなかった。
「お待たせ致しました。ご注文はいかがなされますか?」
「俺達はお兄さんのこと、呼んでないですよ。向こうの羊のお姉さんを呼んだんだけど」
「僕も同じ羊なので、いいじゃないですか。ご注文、お伺いしますよ」
「嫌ですよ。俺達は羊のお姉さんに会うためにわざわざここの列に並んで……」
「あのさ、何か勘違いしてるみたいだけど、ここは指名制じゃないよ。こらへんの下品な店と同じにされても困るんだけど。あんまり我儘言うなら速攻で摘み出して出禁にするけど、それでもまだしつこくあの子を呼ぶの?」
目の前の男達を睨み付けてそう言ってしまえば、後ろから首根っこを掴まれた。
振り返れば、狐耳の伊庭君が珍しく怒り口調で僕に言った。
「沖田君、何してるんですか!お客様に喧嘩を売るなんて、大問題になってしまいますよ……!」
「仕方ないじゃない、だってこいつらさっきから注文もしないでずっとあの子のことを不純な目で見てるんだよ?そんな奴ら、そもそも客だって認めたくないんだけど」
「先生方にもお客様とのトラブルは控えるようにきつく言われているでしょう?注文は彼女に任せて、その代わりに僕達で商品を運びましょう。それが効率よく運営出来る方法だと思います」
「セラには裏で盛り付けとかお願いすればいいんじゃない?なんでホールに立たせるのさ」
「ここのカフェに可愛い羊がいるという噂が広がってしまったみたいなんですよ。この列に並んでる方の殆どが彼女目当てなので、流石に彼女を引くわけにも……」
「はい?セラ目当ての客の接客をさせるなんて危険過ぎるってば。変なのに刺されでもしたらどうするつもりなの?」
「刺されるって……、こんな場所でそんなことをする人はいませんよ」
「もういいよ。伊庭君に言っても話が通じないみたいだし、僕は僕で好きにやらせて貰うから」
伊庭君の拘束を振り切って、僕はセラの横につく。
これからは注文も取らず、商品も運ばず、この子の護衛に徹底することに決めた。
『ご注文は以上ですね、直ぐにお運び致しますので今暫くお待ち頂けますでしょうか?』
「全然待ちますよ。それで君は何時にここの当番終わるのかな?」
「そんなの聞いてどうするんです?ここはお茶をする所であって、女の子を引っ掛ける場所じゃないですよ」
セラの横、僕が笑顔でそう言えば客の顔は引き攣っている。
伊庭君も明らかに怪訝そうな顔で僕を見ていたけど、そんなことは知ったことじゃない。
「他に追加のご注文はないみたいなので、これで僕達は失礼しますね」
セラの腕を引き、半ば無理矢理そのテーブルから距離を取る。
思わず大きな一息をつけば、セラは何とも言えないような面持ちで僕を見上げていた。
『総司……?』
「はい、次の注文行くよ。混んでるんだから急いで」
『私は一人でも大丈夫だよ?』
「羊はこれから一緒に行動することになったんだよ。君が注文を取る係で、僕は注文を取る君を護る係ね」
『ふふ、さすがにここでは護衛をしてもらわなくても大丈夫だと思うよ』
「これはもう決まったことなんだ。いいから次行くよ」
そこからはセラに無駄話を吹っ掛ける客を一層したことにより、どんどん客を捌いていった。
食べ終わったら即出て行って貰い、カフェの回転も早くなった。
これこそ正に理想の接客と言っても良い。
「沖田君がめちゃくちゃなことをしてくれたせいで、会計の時にお客様から睨まれてしまいましたよ」
「ここはカフェなんだから、商品を提供してる限り文句言われる筋合いはないじゃない。別のことを期待して来る客がおかしいと思うんだけど?」
「そうは言っても、君はやり過ぎです。あんなに睨み付けたら、誰だって良い気しませんよ」
「僕、そんなに睨んでたっけ」
「自覚ないんですか?」
盛大なため息を吐く伊庭君の横、セラは少し困った様相をしながらも微笑んでくれる。
二時間の当番がようやくおわり、僕とセラは制服に着替える為、更衣室を目指して歩き始めた。
「これはもう取らないとね」
羊のカチューシャなんて付けたままだと危険だし、セラの頭からそれを外す。
ついでに僕のスーツを肩に掛けてあげると、ようやく少し安心して歩ける状態になった。
『総司は本当に心配性だね、お父様みたい』
「心配性なわけじゃなくて、君が危なっかしいだけだよ。もう少し危機感持ってくれる?」
『でも周りのみんなもこういう格好で普通に歩いてるよ?』
セラだから危険だということの認識をしてないことが問題だと、その場でセラをしかめ面で見つめる。
すると気まずそうに視線を逸らしたセラは、再び僕を見上げて『ごめん』と謝ってきた。
「なにがごめんなわけ?」
『総司の手を煩わせちゃってると思うから……』
「そんなことは思ってないよ。ただ僕は……」
そう言い掛けた時、向こうからどこかで見たことある顔が歩いてくる。
それは以前の騎士団の大会で僕が決勝戦に当たった天霧という男だったから、思わず目を見開いた。
「このような祭りなどでは、俺の妃に相応しい相手は早々見つかるまい」
「ですが、こちらの学院に通う生徒達は皆身元のしっかりした方ばかりです。こちらのカフェに見目麗しいと評判の羊がいると聞きましたが、一度ご覧になられてはいかがでしょう」
「見目麗しい羊だと?」
天霧という男の横にいるのは、明らかに金持ちそうな金髪の男だ。
あいつがグランディア王国の新王として即位した奴ではないかと予想して、セラの手を引くなり急いで直ぐ近くの部屋の中へと入った。
『どうしたの?ここ更衣室じゃないよ?』
「今は出たら駄目だよ、変なのがいるんだ」
『変なの?』
「そう。見つかったら面倒なことになる予感しかしないから、暫くここに隠れるよ」
『よくわからないけど、かくれんぼみたいだね』
状況を何も分かっていないセラは呑気に笑っているけど、そんな楽しいものじゃないんだけどね。
心中でため息を吐き出していると、セラは部屋の中を見て僅かに目を輝かせていた。
『ここ演劇部が使ってるのかな?見て、面白そうなものがいっぱいあるよ』
確かにこの部屋には色々な衣装や小道具、飾りなどが沢山並んでいて。
その中の一つを手に取ると、セラは自分の頭にそれを乗せてみていた。
『わあ、王冠だ。これを被ると私も女王様に見える?』
メイド服に王冠を被っても女王様には見えなくて思わず笑う。
そもそもセラの風貌的には、女王様というより王女様の方がしっくりくる気がした。
「どうかな。それらしい台詞を言ってくれたら見えるかもしれないけどね」
『台詞?台詞かあ……』
一度考えた素振りを見せたセラは、珍しく少し顎を上げると、少し冷たい目線で僕を見つめた。
『そこの愚民よ、わたくしの前にひれ伏しなさい?こき使ってあげるわ』
「…………」
『ね、ねえ……?何か言ってよ』
「え?あ、うん。急に何が始まったのかと思ってさ」
『女王様の台詞を言ったのっ……、この前読んだ本にこの台詞が載ってたから……!』
ああ、そういうことかと納得して頷けば、セラは少し恥ずかしそうにしながら僕を睨んだ。
『総司が台詞を言ってって言ったんでしょ?折角やってみたのに反応薄過ぎて酷いよ』
「あはは、ごめんごめん。なんかセラの声で言ってもいまいち迫力がなくてさ」
『声は変えられないんだから仕方ないのに……。もう、恥かいただけで損だった。やらなければ良かった』
「ごめんってば。可愛いかったよ、セラの女王様。愚民呼ばわりされた時は正直驚いたけどね」
『前に物語で読んでね、強い女王様って素敵だなって憧れてたんだ』
人を愚民呼ばわりする女王に憧れるセラの心境がよく分からないけど、そんなことを考えているから悪名高いルヴァン王国の王女にも頬を染めてしまうのではないかと苦笑いをこぼす。
「ああいうのに憧れるっていうことは、君にもサドっ気があるのかな」
『サド?』
「相手をいじめることに快楽を感じる人、ってことね」
『別にそういうわけじゃないよ?』
「まあセラはどちらかと言うといじめられる方が好きなんだもんね」
『そういうわけでもないけど……』
「でも前に僕に意地悪されるのが好きって言ってた気がするんだけど?」
『違うよ……あれは別にそういう意味で言ったわけじゃなくって』
「ふーん?」
『総司こそいじめるのが好きなんじゃないの?』
まあ、それについては否定はしない。
いじめられる方には興味はないし、どちらかと言えばそうなのだろう。
でも正しく言えば、別にいじめること自体に興味があるわけじゃなくて。
少し意地悪をしたり、からかった時に見せて貰えるセラの顔が好きなだけだったりする。
「そうだって言ったらセラは僕にいじめられてくれるの?」
色々な道具に囲まれたこの教室は、僕とセラ以外誰もいない。
僕が距離を詰めると、セラは衣装棚の方へ追いやられて、少し不安そうな瞳で僕を見上げている。
『いじめるってどんなことするの?痛いのは怖いよ……』
「僕がセラを痛めつけるわけないじゃない。そういうことには興味ないよ」
『じゃあ総司の言ってるいじめるってどういうこと?』
「うーん、そうだね。例えば……」
何気なく周囲に目をやると、セラの隣に妙に面白そうなものが置かれているのに気づいた。
それを手に取り、セラの両手首に嵌めて頭上のラックへ固定してみる。
「こうやって手錠で拘束するのって、ちょっと面白いと思わない?」
『え?あれ……?取れない……』
「だからいいんじゃない。これを付けているうちは、君は抵抗出来ない。つまり、僕の好きにしていいってことだよね?」
ようやく状況を飲み込んだのか、セラはぱちりと目を見開き、頬を真っ赤に染める。
その少し怯えたような、それでいて僕を信じて縋ってくるような表情に、胸の奥が一気に熱くなり、思わずその頬に手を添えた僕がいた。
『総司……』
「ん?」
『もう戻ろう……?』
「どうして?」
『総司と学院祭回りたいよ……』
愛らしく上目遣いでそう囁くセラに、心を撃ち抜かれたような気分になる。
セラのお願い事は何だって聞いてあげたくなる僕だけど、目の前に差し出された存在を前に、何もしないでいられるわけがない。
「そうだね、この後一緒に回ろうか」
『……ほんと?』
「うん。僕が満足したら、これを外してあげる」
瞳を揺らしたセラに顔を寄せてて、その小さな唇を味わう。
小さな口づけを幾度も落とすたび、セラの細い腰がかすかに震えて、その柔らかさを抱き寄せるとますます手放せなくなった。
腰から少し手を上にずらせば、着丈の短い服の隙間に入り込み、滑らかな背中をそっと撫でる。
背中へ忍ばせた指先に触れただけで、彼女の身体がぴくりと跳ねるのがまた堪らなかった。
『そ、総司……だめ……』
「大丈夫。何もしないよ。……ただ、セラが可愛すぎて困ってるだけ」
『でも……んっ……』
思わず微笑んでしまう。
以前、ペンダントをドレスの中に落とした時も、背中に触れるだけで同じように身を捩らせていたっけ。
「震えてるね……擽ったいの?それとも、少し気持ちいい?」
『……擽ったいよ……』
「そっか。でも……さっき君が女王様をやってくれたけどさ、僕が王様だったらこうやって君を閉じ込めておけるのにね。そうすれば誰の目にも触れさせずに、僕だけのものに出来る」
セラの唇に自分のを重ね、次は細い首筋に唇を這わせる。
良い香りが鼻を掠めるから、こんな場所だというのにもっとセラに触れたくなる僕がいた。
「セラ、僕を見てよ」
僕が名前を呼ぶときつく閉じられていたセラの瞳が開いて、僕の姿を映してくれる。
再び唇を塞いで背中を撫でていた手を腰の下へとずらしてしまえば、下着の下の僅かな膨らみと割れ目に触れて思わず僕の喉もなる。
『や……ぁ、総司……』
「セラの身体、あったかいね」
『んん……』
本当に可愛い過ぎる。
もっと触りたいと思ってしまうけど、これ以上続けたら僕が止まらなくなりそうだと、頭の中で警報が鳴り響いた。
「みたいな感じで意地悪するのとか楽しいかなって」
結構無理矢理な感じで流れを断ち切り、セラから手を話して拘束を解く。
顔を真っ赤にしたセラは涙目で僕を見つめながらも、どこか少し不服そうだった。
「はは、ちょっと怒ってる」
『だって……総司が……』
セラがそう言った時、誰かの話し声が近づいてきて思わず顔を見合わせる。
ガラッと音を立ててこの教室の向こう側の扉が開いたから、僕達は咄嗟に衣装棚の中に身を顰めた。
「どこに置いたっけ?確かここらへん?」
「テーブルも運ばないといけないよな」
簡易的な木製の衣装棚は、隙間から僅かな光を取り込み顔が見える程度には明るかった。
部員数人が何かを探す声と音を聞きながら、ただ静かに彼らがいなくなるまで待つしかなかった。
先程の件でセラが少し腹を立てているのではないかと気掛かりだったけど、彼女は僕のスーツの襟元をきつく握りしめている。
その様子が可愛いらしくて笑みを溢せば、僕を見上げたセラと不意に視線が重なった。
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