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その後は総司とゆっくり学院祭を回り、楽しいひと時を過ごした。
途中お父様や山南さん、山崎さんとも合流し、美味しいものを食べたり展示物を見たりと初めての学院祭を満喫した。
そして夕方になり、音楽会の準備をする為、私は舞台近くにあるドレスルームでカラードレスに着替える。
総司は開演時間ぎりぎりまで私の護衛をしてくれるらしく、ドレス姿の私を見て優しく微笑んでくれた。


「似合ってるよ、綺麗だね」

『ありがとう』


綺麗だ、なんて言われ慣れてないから照れくさくなるけど、総司はいつも私が何か身に付ける度に温かい言葉を掛けてくれる。
その言葉が私に自信を持たせてくれるから、緊張に負けず顔を上げて精一杯歌いたいと思えた。


「あと三十分くらいで始まるね。緊張する?」

『うん、心臓が破裂しちゃいそう……。でも楽しみでもあるんだ』

「こんなに綺麗なんだから自信持って歌ってきなよ。客席で近藤さん達と見てるからね」

『ありがとう。総司達のこと見つけられるかな?二階席の最前列だよね?』

「そうだよ、二階のど真ん中」

『あ、でも……総司を見たら余計緊張しちゃうと思うからやっぱり敢えて見ないでおく』

「はは、残念。でも僕はずっと君を見てるよ」


その言葉が嬉しくて、嬉しい分だけ離れ難くもなる。
それでも音楽会の時間は刻一刻と近付いてくるから、私達はドレスルームを出て舞台裏へと向かった。
舞台裏はもう楽器ばかりで、私達の次に演奏する人達は観客席から直前に移動してくる必要があるらしい。
その場所には私達とはじめ、伊庭君しかいなかったから、余計に緊張することになってしまった。


「じゃあ僕は客席に移動するよ。セラのこと、宜しくね」

「ああ、分かった。任せてくれ」

「近藤さんや他の皆様にも宜しくお伝え下さい」

「分かったよ、じゃあ頑張ってね」


頭の上に優しく温かい手が置かれ、笑顔で告げ
お礼。
総司の背中を見送りながら、公爵邸の敷地内以外で総司と離れるのはいつ以来だろうとぼんやり考えてしまう私がいる。
それくらい総司は徹底して私の護衛をしてくれていたことにも改めて気付いた。


「緊張しますね。でもセラのドレス姿がとても綺麗で勇気を貰いました。恐らく客席の人達は僕達ではなく君を見るでしょうね」

「ああ、そうだろうな。よく似合っている」

『ありがとう、お父様から今日の為に頂いたドレスなの。だからそう言って貰えると嬉しいよ』

「優しい色合いで舞台にも映えそうです。ここまで来たらあとは三人で舞台を楽しみましょう」

「沢山練習も重ねた故、普段通りにやれば大丈夫だ」

『うん。二人のお陰で楽しく練習することが出来たから、一緒に出来て本当に良かったよ。三人で素敵な舞台にしようね』


はじめと伊庭君が、自信のない私の為に放課後何回も練習に付き合ってくれたことを思い出す。
その積み重ねがあったからこうして今日を迎えることが出来たから、二人には本当に感謝していた。
けれどそんな私達の元へと、音楽科の先生が小走りで駆けつけてくる。
彼女が眉尻を下げて私を見た時、その後ろからは綺麗なドレスを身に纏った王女殿下がいらっしゃった。


「あのね……セラさん……」

「先生?私からお話さけて頂きますので大丈夫ですよ」


状況が何一つ分からない中、王女殿下は私へと歩みを進める。
そしてこの前同様綺麗な微笑みを見せると、優しい音色で私に話し掛けてきた。


「セラさん、今日の音楽会の声楽は私が歌わせて頂いても宜しいですか?」


予想外の言葉に一度押し黙ってしまったけれど、先生は申し訳なさそうに私を見つめながらも、私の答えを待っている様子だった。


「折角代役を引き受けて下さったのに申し訳ないのですが、お父様が私の舞台をとても楽しみに今日こちらにいらしているの。幸い体調も良いですし、私が歌わなければ多額の寄付金を支払っているのに何故私が歌わないのだと、お父様お怒りになってしまうかもしれなくて」


国王陛下がいらっしゃっているのであれば、学院側としても王女殿下に担当して頂きたいと思うのは当然のこと。
それに元々この役目は王女殿下が頂いたものだから、私は笑顔で頷いた。


『もちろんです。是非王女殿下にお歌いになっていただければと思います。私はあくまで代役ですので、王女殿下がお歌いになられるほうが、きっと皆様にもお喜びいただけるはずです』

「ありがとう、セラさん。せっかく素敵なドレスまで用意してくださったのに、申し訳ないわ」

『いいえ、どうかお気になさらないでください。私も、王女殿下のお歌を拝聴できるのをとても楽しみにしております』


これは仕方のないことだ。
私の気持ちに嘘偽りはなかった。
けれどこのドレスを用意して下さったお父様や、楽しみにしてくれているだろう総司や皆のことを思い浮かべてしまえば胸が痛くなった。
けれどその想いを抑え込み微笑んでいると、黙って私達のやり取りを聞いていたはじめと伊庭君が思い詰めたような顔をして口を開いた。


「しかし……俺達は王女殿下とはいまだ共に練習をしたことがない。不安があるのだが」

「ええ……。指揮者もいないので、歌のテンポなど……王女殿下の歌い易い速さに合わせられるでしょうか」

「それはつまり、私と舞台に上がることは気が進まないと……そう仰りたいのですか?」


確信をついた質問に、一同皆無言になる。
穏やかな口調、優しい笑顔、それなのに逆らえないような何かが王女殿下にはあって、私は思わず息を呑んだ。


「心配はいりません。あなた方はこれまで通り、練習されたように演奏してくだされば宜しいですよ。難しい曲ではありませんし、声楽は散々学んでまいりました。この程度の楽曲なら、練習せずともきれいに歌えます。それとも……あの程度の仕上がりで、随分と苦労なさっていたのですか?」


その一言が、胸の奥を針で突かれたみたいに痛んだ。
あんなに何度も練習して、ようやく少しだけ自信を持てるようになった私の歌声。
でも王女殿下には「あの程度」にしか映らなかったのかもしれないと考えれば、力不足な自分が急に恥ずかしくなった。

昨日、王女殿下は私の歌を耳にして、不安になられたのかもしれない。
本調子ではないはずの彼女が、急に自ら舞台に立つと決められたのは私のせいかもしれない。
そう思うと、胸が締めつけられて苦しくなる。

私は小さく息を吸い込んで、勇気を振り絞るように王女殿下の瞳を見上げた。
声が少し震えてしまうのを抑えられなかったけど、それでも精一杯言葉を紡いだ。


『王女殿下……私の歌が未熟なせいで、申し訳ありません。ですが演奏してくださるお二人は本当に上手で、とても安定しています。王女殿下が歌ってくださるなら、練習などなくても素敵な舞台になると思います』

「そう言って頂けるのは嬉しいです。では、それで宜しいですか?」


恐らく私を気遣ってくれたのだろうはじめと伊庭君も、かしこまりましたと彼女に頭を下げる。
先生も安堵されたような表情を浮かべ、私の肩にそっと手を置くと、そのままどこかへ去って行かれた。


『では、ご検討をお祈りしています』


私はもうここにいる必要がなくなったから、舞台裏から去ろうとする。
するとはじめと伊庭君が私を引き留め、辛そうに顔を歪めてみせた。


「どこに行かれるのですか?一人では危険ですよ」

『大丈夫だよ。舞台裏は関係者以外入ったらいけないみたいだから、着替えてから客席に移動するね』

「しかしもう席は埋まっているだろう。ここで待機していた方が良いのではないか?」

『ありがとう、気にしてくれて。じゃあ……ここで皆のこと見させて頂こうかな。応援してるから頑張ってきてね』

「ありがとうございます。では少しの間、ここで待っていて下さいね」

「では、行ってくる」


声楽を披露する番が回ってきて、はじめを先頭に伊庭君、王女殿下が舞台へと出て行く。
沢山のライトを浴びた彼女はとても綺麗で、その姿から目を離せず眺めていた。
二人の演奏が始まると、つい先程まで私が歌うと思っていた曲を王女殿下が綺麗な声で歌い始める。
その途端、急に涙が溢れてしまったから、舞台裏で慌ててそれを拭き取った。


『元々は王女殿下のお役目だったんだから、仕方ないよね……』


うん、仕方ない。
沢山練習したことも良い思い出だし、その分声楽が得意になったと思えば何も落ち込むことはないと思った。
でも今客席で私が出ることを楽しみにしてくれているだろう人達のことを思えば、それが辛くて悲しくなる。
でも私が気にしてたら余計皆にも気遣わせてしまうから、気にしていたら駄目だと思った。

だから次の機会に活かせる為にも王女殿下の歌声をしっかり耳に残しておこうと顔を上げたけど。
そんな私の首元には鋭利な刃物が突きつけられていた。


「騒ぐなよ。騒いだり暴れたりしたら、客席を爆破する」


耳元で低く告げられた声は、妙に淡々としていて逆に背筋が凍る。
何が起こっているのか理解できないまま、私は息を呑み、ただ言われるままに歩くしかなかった。

人払いを済ませた舞台裏には誰もいない。
私の背後にいる男の人は、ごく普通のスーツ姿で、一見すれば観客や関係者にしか見えない。
けれど、その手には確かに私を脅す刃があった。
裏の出入り口の方まで連れて行かれて、このままだともう直ぐ外に出てしまうという一歩手前で、誰かの走る足音が聞こえた。


「ちっ」


男の人は舌打ちをし、咄嗟に私の口を塞いで分厚いカーテンの中に身を潜めた。
呼吸すら奪われ、心臓が破裂しそうなくらい暴れているのに、声をあげることもできない。

どうにかして、この場で逃げないと。
必死に考えようとしても、頭は恐怖で真っ白になって、うまく働いてくれなかった。

でも、そんな私の視界に入ってきたのは、カーテンの隙間から見える総司の姿。
きっと私が舞台に上がらなかったことを心配して、ここに走って来てくれたのだと分かった。


「セラ?いないの?」


口は男の手で塞がれてるし、ナイフだって直ぐ側に構えられている。
だから下手に叫べばただ刺されて終わるだけかもしれないと考えた。
でもこのまま言いなりになっていたら、きっとそれこそ終わってしまう。
それならば一か八かで行動しようと、私は思い切り後ろの男の鳩尾を肘でついた。


「うぐっ……」

『総司っ……』

「セラ……!」


咄嗟に状況を理解してくれただろう総司は、私の元に駆け寄りその手を伸ばしてくれた。
けれどもうあと少しで指先が届くというとき、別の男が私を拘束し、総司に何かを投げ付けた。
まるで煙幕のように小さな爆風を起こしたそれは、総司の身体ごと勢い良く後ろへと吹き飛ばした。


「……うっ……」

『総司っ……』


どうしよう、総司がっ……
また私のせいで怪我をしてしまうと涙が湧き上がってきた時、腹部を殴られその痛みを感じたところで意識は途絶えた。
私の名前を叫ぶ総司の声は、その後私の耳に届くことはなかった。


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