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賑わう観客席に座り、近藤さんの隣でセラの晴れ舞台を心待ちにする。
あのドレス姿も一際綺麗だったし、何より僕の為に歌うと言ってくれた彼女の言葉が嬉しくて、楽しみに思わずにはいられなかった。


「いつも有難うな、総司。セラのことを懸命に護ってくれていると聞いているぞ」

「僕は専属騎士なんですから当たり前ですよ。それにセラは危なっかしいところがあるので、近くで護っていた方が僕も安心なんですよね」

「沖田君は山崎君に継ぐ良い専属騎士になりそうですね」

「まあ総司の場合、護衛をやり過ぎて学院内で若干引かれてるところがあるけどな。セラが手洗い場に行くだけで護衛してるんだぜ?」


平助の言葉に、山南さんや山崎君、近藤さんまで笑っている。
やたらそれをネタに笑われるけど、僕はいつも至って真剣に護衛しているだけなんだけどね。


「お手洗いまでついていくとは素晴らしいですね。沖田さんは思いの外真面目で、いつも驚かされていますよ」

「酷いな、山崎君まで。それにいつ何があるかは分からないじゃない。今だって護衛してないから不安なんだけどさ、舞台裏は関係者以外入ったらいけないって言うから仕方なくここにいるんだよ」

「でも舞台には伊庭君とはじめ君も一緒だから平気だろ。近くに衛兵も待機してるし」

「ああ、そうだな。総司もあまり気を張ってばかりだと疲れてしまうと思うから、適度に分担してセラを護って貰えたらと思っているよ」


近藤さんの気遣いを有り難く思っていると、開演のブザーが鳴り響く。
一度真っ暗になった会場は、舞台だけ明るくなり、いよいよセラが出てくることに思わず頬が緩んでしまった。


「お、はじめ君が出てきた。つーかはじめ君も伊庭君もなんだよ、あの仏頂面」

「はは、緊張してるのかもね」


平助の言葉に相槌を打った時、何故か伊庭君からの何か言いたげな視線を感じた。
僕を見つめているように感じて少し違和感を感じていたけど、舞台に出てきた人物を見て、思わず背もたれから身体を起こした僕がいた。


「おや?この演目にお嬢様が出る予定なのではないのですか?」

「ええ……、その予定だと思うんですけど……」

「だが違うご令嬢が出ているようだな。セラの番はまだ先なのかもしれないな」

「なあ総司、あれって王女殿下だよな?」


嫌な予感がして舞台を見ていれば、演奏された音楽は間違いなくセラが懸命に練習していたあの曲だった。
それをあの王女が歌うこと自体がおかしいと、僕は直ぐに立ち上がった。


「ん?どうしたんだ、総司」

「すみません、近藤さん。ちょっとセラのことが心配なので僕行ってきますね」


状況が分かっていないだろう近藤さんは目を瞬いていたけど、詳しく説明している時間はあまりない。
会釈だけして席を離れると、急いで舞台裏を目指して行った。

昨日練習風景を見て声を掛けてきたというルヴァン王国の王女殿下。
その話を聞いた時から、正直あまり良い予感はしていなかった。
ドレス姿で当たり前のように舞台で歌を披露するその姿からは、当初からその予定だったかのような雰囲気すら感じられる。
今日の為に懸命に練習を重ね、あのドレスに喜んで。
僕の為に歌うと嬉しそうにしていたセラが今どんな気持ちでいるだろうと思えば、やりきれない心情になるのは勿論、せめて早くあの子の元に駆けつけてあげなければと考えていた。

だからまさか、またセラが危険な目に遭っているなんて、想像すらしていなかった。
必死に助けを求めているセラの視線に、すぐに気づいてあげられなかったのかもしれない。
その一瞬の隙が命取りになった。
伸ばした手が届く寸前、僕の身体は強い衝撃で後方へ吹き飛ばされていた。


「うっ……セラっ……!」


視界の中で、男に捕えられたセラが腹を殴られ、ぐったりと力を失っていく。
その小さな身体が抱えられたまま、舞台裏から闇へと消えていくのを、ただ見ていることしか出来なかった。

慌てて立ち上がり、追いかけようとした時、会場から悲鳴が上がる。
「王女殿下を護れ!」という騎士たちの叫びが響き、観客が雪崩のように逃げ出していく。
押し寄せる人波に何度も足を取られながら、それでも僕はセラを追い求めて駆けた。

その先で、馬車へと担ぎ込まれるグリーンのドレスが一瞬見えた。
胸の奥が焼けるような焦燥に突き動かされ、全速力で学院の門へと走る。


「これ、貸して!」


門前にいた男の手から手綱を奪い取り、馬に飛び乗った。
ためらう暇もなく、馬車の消えた方角へ駆ける。
夜の街はもう暗く、頼れるのは街灯の光だけ。
それでも止まるなんて考えられなかった。

でも途中幾度も曲がり道や分かれ道があり、だいぶ走った今もその馬車は見当たらない。
胸の奥からこみ上げる絶望についには馬を止め、僕はその場から動けなくなった。


「……嘘だ……。そんな、こと……」


自分の目が間違っていたんだと、そう思いたかった。
けれど目の前でセラが攫われていくところをこの目で見てしまった僕は、これが現実だと認めざるを得なかった。
セラは必死に僕に助けを求めてその手を伸ばしてくれていたのに……


「くそっ……、どうしたら……」


吐き出すように声が漏れ、拳が震える。
悔しさと怒りと、どうしようもない無力感が胸を締めつけていた。

駄目だ、冷静になれ。
今は後悔している場合ではない。
取り敢えず城に戻って彼女の捜索をすることが先だと、再び馬を走らせる。
城に戻るなり急いで近藤さんの部屋へ行くと、そこには頭を抱えた近藤さんと山南さん、平助がいて。
皆重く沈んだ顔をしながらも、僕を見てその目を僅かに見開いた。


「沖田君……、君は無事だったのですね」

「総司……!セラを知らんか!?」


近藤さんに肩を掴まれ、思わず唇を噛み締める。
この報告をすることがあまりにも辛くて、その僕の表情を見た近藤さんも呆然とした様子で僕を見つめていた。


「申し訳ありません……、セラは複数の男達に攫われたと自分は考えています」

「……それは誠か?」

「僕が駆けつけた時には既に一人、セラを拘束している男がいたんですよ。助け出そうとした時に煙幕のような……何かを投げられて僕も吹き飛ばされていました。その隙にもう一人の男がセラを抱えて連れ去って行ったので……」

『……そんな、何故あの子ばかり……』

「僕がいながら……大変申し訳ありません」

「……いや……総司のせいではない……」

「いえ、僕の責任です。本当に申し訳ありません……!」


謝罪の言葉を述べていても、内心ではセラのことが気掛かりでどうしようもない。
焦る気持ちから時計を見上げて、早く行動に起こさなければと口を開いた。


「一台の馬車に乗せられるところは見たんです。恐らく西に向かったと思うので、これから騎士団全勢力で探すことは出来ますか?」

「探したいのは山々ですが、無闇に探して見つかるものでもないでしょう。今山崎君が情報を集めているところですが、何せ学院でのあの騒ぎが災いして正しい情報が入りづらい状況です」

「学院で何の騒ぎがあったんです?」

「総司がセラのところに向かって直ぐ、舞台でちょっとした爆発が起きたんだよ。それで伊庭君が背中と右腕に怪我をしちまってさ……」

「……え?そうなの?」

「それ自体は人を殺せるような威力のもんじゃなかったけどざ、犯人も見つかってねーし客はパニックになって大変だったし……とにかく学院側もその対処に追われてて、セラのことを言ったって力になってもらえない状況なんだ」

「学院側はルヴァン王国の王太子殿下と王女殿下に重きをおいておりますからね……」


その言葉に怒りが湧き上がって来たとき、山崎君が息を切らして入ってくる。
そして近藤さんを見て辛そうに顔を顰めると、いつもの口調よりやや焦った様子で言葉を発した。


「ご報告します。先程西のカイル街で、お嬢様を連れ去ったと思われる馬車が発見されたとの報告を受けました」

「ま、誠か……!?セラは無事なのか!?」

「その馬車は何故か爆発を起こしたようで、お嬢様を連れ去ったと思われる犯人三名が焼死体で見つかったそうです。しかしお嬢様の遺体はそこにないとの報告を受けました」

「ど、どういうことなんだ……?それならばセラは今どこに……」

「そもそも何故、その馬車にお嬢様が乗っていたことが分かったのでしょうか?沖田君以外は誰もお嬢様を連れ去った犯人を目撃していない筈ですよね」

「そのことですが……」


山崎君はそう言いかけて一度言葉を飲み込むと、見てわかる程その瞳を揺らす。
そして意を決したように眉を寄せると、感情を押し殺すような声で再び話し始めた。


「大変申し上げ難いのですが……馬車の中からお嬢様が来ていた緑色のドレスが見つかったそうです。フランス製のオーダーメイド……近藤さんが昨晩、お嬢様にお渡しになったドレスですよね」


山崎君の言葉を聞いて愕然とする。
何の言葉も出てこないまま、ただ頭の中では最悪の想像が流れていった。
そしてそれは近藤さんも同じだったのだろう。
先程よりもより辛そうに顔を歪めると、絞り出すように言った。


「な、何故なんだ……あの子は一体何をされてっ……うっ……」

「近藤さん……、諦めずに探しましょう。お嬢様の遺体はなかったのですから」

「っ……しかし……」

「明日、明るくなればまた新たな目撃情報が入ってくるかもしれません。明日の状況を見て、騎士団総出で捜索をしましょう……」


時刻は九時過ぎ。
あの子が攫われてもう四時間近く経っている。
今頃まだ無事でいてくれているのか、無事でいるなら怖い思いをしていないか……そう考えれば鼓動は早くなりとても平静でいられなくなる。


「今からあの子を探してきます」

「沖田君……、探すといってもどこを探すつもりですか?」

「まずはカイル街に行って、目撃情報がないか聞いて回ります。有力な情報がなければそのまま西の方へ向かって街を回ります」

「ですが……それは程遠い作業ですよ、君一人ではとても出来ることではないでしょう」

「出来る出来ないじゃないんですよ。あの子が今辛い思いをしているかもしれないのに、ここでじっとなんてしてられません。僕には僕の出来ることをさせて下さい」

「それで……見つからなかったらどうするおつもりですか?」

「見つかるまで探します。ただ情報はその都度欲しいので、新しい街に着いたら宿泊先の宿を一つ決めてそこから手紙を出します。そこに返信を頂けませんか?そうすれば離れていても互いに情報交換は出来ますよね」

「本気ですか?」

「勿論本気です。あとセラの肖像画も必要なので一つ拝借させてください。では準備してきます」


僕が部屋を出ようとすると、近藤さんに呼び止められる。
涙で滲んだ瞳に胸が痛くなると同時に、申し訳なさも積もっていった。


「すまない、総司。セラを頼めるだろうか?俺も明朝から付き合いのある家紋を訪れて情報を提供して貰えるよう呼びかける予定だ。また何か分かり次第、手紙を出させて貰う」

「分かりました、何かわかり次第宜しくお願いします。それと……お嬢様をお護り出来ず、本当に申し訳ありませんでした」

「お前のせいではないさ、総司。人一人護ることは容易いことではないと俺だって分かっているつもりだよ」


懸命に微笑んでそう言ってくれる近藤さんの言葉に、ただ胸がが痛くなるばかりだった。
思わず握った拳に力が入ると、座っていた平助がいきなり立ち上がり僕に言った。


「総司、俺も行くよ」

「……平助も?」

「伊庭君も怪我しちまってるし、総司について回れるのなんて俺ぐらいじゃん。俺だってセラのことが心配なのに、城でじっとしてんのは逆に辛いっていうか……、だから俺も総司と一緒にセラを探す」


いつも程の元気はなかったけど、平助らしい笑顔でそう言ってもらえて心が温かくなる。
山南さんや近藤さんの許可もおり、僕達はそれぞれ馬一頭ずつと肖像画、それと必要最低限の物を持ち、セラを探すため、公爵邸を出ることになった。

きっとあの子は無事でいる、そう言い聞かせながらも不安が襲い、今にもそれに呑み込まれそうになる。
それでも僕は君を諦めないって決めているから、どうか僕を待っていてと見上げた月に誓った僕がいた。

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